第518話 運命の糸車

 旦那も、加工を受けたんですよね?

 

 等と不用意なことは聞かず、この話は終わりにする。

 意地悪は嫌だし。


 きっと気軽に、カーンなら答えてくれるだろう。

 今までの会話でも加工の話はでていた。

 けど、それは知らなかったから。

 でも今は

 知ってて嫌な事を言う奴は、駄目だ。


 カーンは、グリモアから感覚の共有を受けている。

 微かな、ほんの微かな共鳴だ。

 色鮮やかに世界が見えたと言っていた。

 鈍麻していた感覚が、あり得ない感情が、ふいに押し寄せたとも。

 つまり自分は、そもそも人間なのだと思っている。

 グリモアの共鳴で、昔を少し思い出したと思っている。

 けど、それは違うんだ。 

 本当は失くしていないだけ。

 だから、を投げかけてはいけない。

 例え言われた本人が、傷ついたとわからなくてもね。

 きっと指摘しても、馬鹿らしいと本人も笑うだろう。

 けれど彼がグリモアと共鳴したというのなら、それはなのだ。

 だから、知っている。


 加工なんて、普通の人間は受けるべきではない。


 そんな気持ち。


 生き残る為だからと選んだけれど、本当は嫌だった。


 もちろん、必要な事でもあった。

 オルタスは、中央大陸は厳しい場所だ。

 中央王国という大国が殆どを支配しているというのに紛争は絶えない。

 簡単な話だ。

 それぞれが生き残る為だ。

 オルタスの戦は、生きるための資源の奪い合いである。

 心情、信条、意見、異なる種族。

 その違いだけで殺し合ってきたのではない。

 人が暮らせる場所、環境、資源が少ないからだ。

 比較的、環境が穏やかな中央平原に都市が多いのもそれが理由だ。

 そしてその奪い合いに参加する軍人は、劣悪な環境で生きられるように体を変えている。

 不眠不休で連日戦い、痛みを堪え病に強く、毒にも強い。

 苦しさに耐えられるように、体を加工するのだ。


 けれど、それは人として幸いであるのか?


 治療ではなく加工という言葉を使う意味。

 それはとても薄ら寒く、例え、鉱毒から命を守るためだとしても、幸いには思えない。

 誰かが肩代わりしてくれている痛みに詫びる。

 ありがとう、気付かなくてごめんなさい。


「なんだよ、急に黙って。疲れたか?」

「別に、明けてきましたね」

「やっと登路が平地になったな。そろそろ川を渡るぞ」


 ***


 川幅が狭まってくると、足元が変化した。

 草地から石畳が覗く。

 ここにきて、道だ。

 上流に向かい右手が川。

 朝陽は背中側から、ぼんやりと射し込む。

 北東に向かっていたのが、徐々に北西に回り込むように向きを変えていた。


「意図もあるのでしょうが、高貴な方の墓所を置くには、随分と寂しい場所ですね」


 草、木、川、暗い空に薄い光り。

 自然は美しいが、侘しさが先にくる景色だ。

 冬だからか、夏ならば活気に満ちているのだろうか?


「墓参叶わぬ場所にしたとして、選ばれた理由は何でしょう?」


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