第519話 運命の糸車 ②
「民の墓参を阻止したかった、のかもな」
「民の、ですか?」
「軍事優先の封建社会においても、文民の管理は難しいという事だ」
「その一民草にも、理解できるようにお願いします。」
「高等教育受けてそうな嫌味口調で返すなよ。
つーか、お前、領主直々に学んだのか?」
「家令の方に蔵書を開放していただけるぐらいには。
後は渡り神官様に色々な事を学びました。
それでも読み書きぐらいですよ」
「家令ねぇ。
多分、お前の知識は、村人どころか領主の子並だ。
礼儀作法は庶民だが、頭の使い方をわかっている」
「それは御領主様に感謝ですね」
「素直に褒められろよ。
で、話を戻すが、公主は民に慕われていたんだろう」
「良いことですよね」
「あぁ良いことだな。
だが、それは逆を言えば、口実になりかねなかった。
紛争のな。
民の間で大きな悲憤として、姫の死に焦点があたればどうなる?
その死因を究明する声が大きくなる。
誰が、姫を殺したんだ?とな」
「実際、多くの人々は、殺されたと思っていたんですね」
「そりゃぁな。
そうなると当然、何故、コルテスは姫を見殺しにしたんだ?
公王は、何故、姫を見捨てたんだ?と話を持っていく輩もいる」
「それは」
「有り得る話だろう?
そして姫自身、徳が高く愛されていようと、本当に病死だったとしてもだ。
原因に姫への忠義を騙り、口実だな、争いが起きる。
姫の死とはなんら関係ない、不満のはけ口としてな。
民を扇動して、他の争いの口実にする。
この国の厄介な部分だ。
民衆を煽り立てて、別の目的に誘導する。
姫の死を利用しようとする勢力はいくらでもいただろう。
それもニコル姫と繋がりのない、顔も見たことが無いような輩が、こぞって集う訳だ。
ならば、どうするか。
姫の名は兄の王の元へと返された。
遺体は夫の側に留め置かれ、美しい霊廟を立てて祀られる。
人々の目に触れず、ひっそりとその人生は終え消える。
葬儀は親族のみとし、墓参も許されぬ場所に墓を作る。
ただし、どこからもケチがつけられないような、金と手間暇をかけてだ。
兄も夫も、姫の死を嘆き悲しんでいるとして。想像だがな」
そんな私とカーンの、暇を埋める会話が途切れる。
景色が開け変わったのだ。
簡素な船着き場が川縁に、半ば崩れかかった木造の建物が見えた。
枯れ草の生えた川縁の建物は、資材を水揚げする時に利用したのだろうか?
ただ、その廃墟めいた建物の向こうに、奇妙な景色が広がっていた。
「あれは?」
「いや、知らん。誰か人がいるのかもしれん」
一段高い土手があり、案山子のような物がいくつも並び建っていた。
一つ二つどころか、十を越える数が見える。
その十字に縛られた木の棒に、ボロボロの布が巻かれていた。
それは川風に揺れ、まるで人をて招いているかのように見えた。
「案山子ですかね」
「畑でもなさそうだが」
立ち止まり二人で見る。
それに合わせて周りの兵士たちも歩みを止めた。
そうして皆してながめ、誰も何も言わず再び歩き出す。
「何も言わないのか?」
問いかけに、傍らの顔を見る。
何となく、口に出したくないとお互いに思っているのが伝わる。
グリモアを介さずとも、皆が、私を含めてだが、同じ思いなのがわかった。
アレは、嫌な物だ。
と、私は感じた。
アレは、墓に似ているが、嫌な物だ。
私は恐れないし、カーンたちも恐れはしない。
だが、アレは嫌なものだ。
内なる者どもには、まだ問いかけず、私は少し口を引き結んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます