第520話 運命の糸車 ③

 その案山子の土手を横に、川を渡る鎖が見えた。

 橋ではない。

 上に二本、下に一本、逆三角形に鎖が渡され対岸に架かっている。

 両岸には大きな金属の柱が突き立ち、その三本の鎖は等間隔に間が上下に、これも鎖で繋げられている。


「あの鎖が、橋のかわりですか?」

「まぁ落ちても、さほど下の流れは深くも早くもない」

「..落ちる前提」

「冗談だ。山奥の橋だって朽ちた倒木なんぞザラだろう。それに比べればしっかりしたもんだ」


 私の足で渡れるだろうか?


「旦那、時間がかかりそうだ」

「何のだ?」

「あの不安定な足場だと、私の足が」

「別段、このまま渡るから大丈夫だぞ?」


 平然と宣う男に、こちらが不安になる。

 どう見ても、ただの太い鎖で、橋じゃない。

 体重をかけて歩くとしても、両手で横の鎖を握る必要がある。

 カーンは、私を抱えて渡る気満々だが、不安しか無い。

 トリッシュ達が最初に渡る。

 安全を確かめる為か、鎖を態と揺らし負荷をかけている。

 鎖は少し余裕が保たれているが、加重を受けて沈み込むことはなかった。

 木と縄の吊り橋よりも安定している。

 トリッシュ達は渡り切ると、鎖が巻き付けられた柱の根本を確認する。

 それから対岸の状況をざっと確認すると、手を上げ招いた。

 どうやら渡ってもいいようだ。

 降ろしてもらうという選択肢を選ぶ前に、ひょいと鎖を歩き出す男。

 身を固くするも、揺れない。

 言葉をかけて落ちるのが怖いので沈黙を守る。

 だが、普通に平地を歩くように、カーンは鎖を渡る。

 何も言うまいと我慢して、対岸の土を踏んだところで、その顔を見た。


「意外か?」


 ふり返るとミアは両手を鎖にかけて、慎重に渡っているし、それに続く兵士も手放しの者はいない。


「人間一つは、良いところがあるってもんだ」

「なるほど、以前」

「ん?」


 あぁ、あれは覚えていないのだ。

 垂直の壁を登るのは苦戦したのに、揺れに対する平衡感覚はどういう事なんだ?

 とは、聞けない。


「どうやったら、手放しで不安定な場所を渡れるのですか?」

「腰から下の安定が、他の奴らよりあるんだ。

 元々、俺は足の活性強化が得意だ」

「活性?」

「墓に着くまで、話題が尽きないな、オリヴィア。

 俺の方も色々聞きたいんだがな」


 私がどうぞという仕草をすると、男は口をへの字に曲げた。


「何も喋らんくせに」

「聞き方の問題かも知れませんよ」


 無駄口合間に、皆が渡り終えた。

 川は浅く、流れも緩やかだ。

 もし落ちたとしても、溺れる事はなさそうだ。

 もちろん、黒々とした水に好んで体を濡らす事も無い。


「ここは一応、直轄地だが、実質はコルテスの土地だ。

 領境はオンタリオ川になっている。

 これ以北、東側に踏み入る場合は名目が必要になるってことだ。」

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