第516話 遡上 ⑦

「そうすると、山猫の存在は、良いことなのでは?

 自然が戻ってきたという証拠には、ならないのでしょうか?」


「他の地域に逃れた生き物が戻ってくる。

 渡り鳥や魚、虫などは戻って来たかも知れない。

 だが、死滅した山猫と同系統の生き物、南部や西部にいるだろうそれらが移って来たとは考えにくい。

 既に、暖かい気候に慣れた生き物が北上するのは、よほどの事だろう。

 それに大陸として地続きだから可能だと思うか?」


「そうか、北と南を分ける、広大な砂漠が阻むでしょうね」


「今では、東廻りには腐土国境封鎖壁もある。

 野生動物が危険を犯して移動するというのは考えにくい。

 もっと簡単に考えれば、人間が持ち込んだかもな」


「何の為でしょうか」


「家禽を襲う肉食動物を移動させる酔狂がいたのかもしれん。

 放し飼いにして、そいつも喰われた後なら面白いがな。

 ただ、いくら環境が回復したと言っても、そうそう繁殖できる環境ではない。

 食物連鎖を繋ぐ、草食動物の種類も減ったからな。

 生き物が一つでも欠ければ、植物の植生さえも変化する。

 やはり山猫がいるというのは、解せぬ。」


「未だに、繁殖は難しいのですか?」


「大型の肉食動物が死んだ。

 かわりに他の肉食動物を繁殖させよう。

 と、運び込んでもうまくは行かない。

 彼らが死んだ後、その生命を支えていたであろう小動物にも変化がおきる。

 一部、姿を消した、死滅した生き物も数多くいる。

 鉱毒が原因ではない。

 小動物を捕食する生き物が消えたら増える。

 増えれば、過剰な命を支える植物や昆虫が消える。

 その植物、食物を育む土壌に必要な生き物も数を減らした。

 毒の被害を受けた二世代目から繁殖力が落ちていた。

 つまり毒の後に訪れたのは、飢餓だ。

 こう順繰りに歯車が狂いだしたって訳だ。

 今、野兎、狐、鼬、鼠は数を戻している。

 蛇などの爬虫類、昆虫類も見られるようになった。

 家禽の牛、馬、羊は、他の地域から入れた。

 豚だけは、人間と同じく寄生虫の影響を受けやすかったようで、特殊なラプンという豚を東では飼育している。

 鳥は渡り鳥と烏は見かけるが、猛禽類は残念ながら戻らなかった。

 何だ?」


「詳しいですね」


「そりゃぁなぁ、ここの問題を知らなきゃ、おっかなくて動けねぇだろ?

 誰が何をして、どんな昔の因縁があって、今はどうなんだってな。

 だからな、こんな場所にの山猫がいるのは変な話なんだよ。」


「じゃぁおかしくないですね」


「いいのか、認めて」


「嫌な言い回しですね」


「ロードザムなら、山猫の首ぐらいに狩れる。

 にな。

 ザムが狩れないのなら、それはの山猫じゃぁない。」


「怒りますよ」


「もう怒ってるじゃねぇか。

 まぁ観光案内よろしく喋るのだりぃんだよ。

 そうだな、山猫は普通だったが、ザムの腕が鈍ったってだけの話かもしれない。

 帰ったら、暫し、再教育かもな。」


 話題になったザムは、嫌そうに何か呟いている。

 何を言ったのかは、聞こえない。

 が、周りの男たちは笑った。


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