第253話 精算の時

(では、最初の助言だ。

 子供は攫われた。

 呪術によってだ。

 では、呪術をかじっただけの馬鹿は何をすると思う?)


「目的を達する為に、エリを使う」


(よろしい、さぁ、遊戯を続けよう。

 使うとは、具体的に何をすると思う?)


「生贄だ」


(君の教本グリモアにはこう記録されているはずだ。

 呪術には基本原則があるとね。

 遊戯には遊び方があるってことさ。

 そしてこの遊戯は、人で言う商売取引に似ているんだよ)


 ふざけた物言いだが、馬をなだめてこちらに来るサーレルを見つつ考える。

 するとスッと頭に知識が差し込まれた。


(わかったかい?

 時間的な猶予はある。

 もちろん、愚か者が気がついて子供を傷つける可能性もある。

 だが、呪術とは言葉と理屈の遊戯なのさ。面白いだろう)


「生贄に、利用できないのか?」


(そうさ、二重抵当はできない。

 それにエリという子供には、とても仲の良いがいるんだろう?古いお友達は祟るからねぇ、怖い怖い)


「生贄?嫌な言葉ですね」

「足止めはされたようです、侯爵の所へ参りましょう」


 私は知識を得ると同時に、ボルネフェルト公爵が食い尽くされた理由がわかる。

 簡単に得られる答えは、人を堕落させる。

 そして堕落した時、喰われるのだ。

 私が喰われ、別の私になる。

 それも気が付かぬうちにだ。

 エリを助けるという大義名分をもって、楽な手段をとっている。

 そんな自分に幻滅をした。

 私はとても利己的で、嫌な奴だ。


「大回りになりますが、迂回して城に入りましょう」


 馬上に引き上げてもらいながら、振り返る。

 炎を背に、のたうつ姿は神ではない。

 シュランゲの婆が言う通り、悪食な獣だ。

 そうして私達はフリュデン側の道に戻り、街の中に入った。

 街は火の粉で赤く染まり、人々は我先にと街の外へ、フリュデンへとなだれ行く。

 馬を進めるにも、恐慌を来たした人の流れに逆らうのは容易ではない。

 そしてトゥーラアモンの境界壁では、未だに炎の柱と蠎の鳴き声が、煽るように響き渡る。

 青い顔をした領主兵が、武器を持って街を行き交う。

 その騒ぎの向こうから、侯爵の私兵であろう黒衣の兵が、城から隊列を汲んで出ていくのが見えた。

 大盾の重歩兵に、重く太い槍の兵士、それに両刃の大剣を担ぐ者が続く。

 さらにその後ろには、馬と人にひかれた投石機が現れた。


「今ならあれも役に立つでしょう。まるで一昔前の攻城戦ですね」


 投石機の後ろに続くのは、何台もの荷車だ。

 乗せられているのは、火薬や石、油などの様々な投石機用の弾薬だ。


「よくも用意されていましたね」

「謀反鎮圧用に用意していたのでしょう」


 私達は閉じられようとする跳ね橋に向かった。

 正面の外郭門は、一旦兵力を出した後、閉じられたようだ。

 最後の隊列には、ライナルトがいた。

 黒い全身甲冑である。

 彼は私達をちらりと見ると、そのまま境界壁へと進んでいった。


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