第254話 精算の時 ②

「炎であぶられたら、甲冑の中で蒸し焼きですね」


 サーレルの不吉な感想に、逆に気が抜ける。


「蒸し焼きの前に、死にますよ。それにライナルト様が指揮官です。一番後方におられるはず、でしょう?」

「そうですかねぇ。私のまわりにいる指揮をとるべき人達は、皆、勇んで一番前で武器を振り回したがるんですよ」


 何とも答えにくい話をしているうちに、外郭門の跳ね橋は閉じられた。

 外殻壁(城壁)では、次の攻撃準備に兵士達が忙しなく行き来している。

 討伐される可能性は低い。

 この城館まわりの外殻壁での攻撃に切り替える必要があった。

 必死な人々の喧騒の中、私達は城館へと入る。

 誰も彼も、私達に注意を払う者はいなかった。

 ただ、場内に入れば、戦いに向かう者以外もいる。

 手近の召使いをつかまえると、侯爵の居場所を聞いた。

 どうやら氏族の長達が侯爵と対応を協議しているらしい。

 私達はその広間に向かう事にした。


「聞いて答えるでしょうか」

「答えますよ、ライナルト様が戦いに出向かれたのですから」

「最後の息子だからですか?まぁ勝っても負けても、指揮をとる者として努めを果たせば、この後の統治には役に立つでしょう」

「最後の息子を失いたくないとお考えでしょう」

「そうでしょうか?

 そんな普通の感覚が、彼のような古い血の者にあるのでしょうか?」

「そうでなければ困るのです。

 で、サーレルの旦那はどうするのです?」

「どうするとは?」

「この後どうするのかと」

「どの後のことですか?

 侯爵に会ったらですか?

 それとも子供を攫った者を発見できたらですか?

 この歴史ある城館が、化け物に溶かされたらですか?」

「私はエリを見つけたら、逃げます。

 ですから、旦那はどうするのかと」


 それにサーレルは、ふむと頷いた。


「私は全てを見届けて報告するだけです。

 私は中央王国の軍属ですから、完全な部外者とはいえません。

 ですが、ここは侯爵の支配地ですので、手出しも口出しもする必要はない。

 彼らが死ぬ、彼ら自身が求める場合だけ、それも中央の意向にそって手を出します。

 つまり面白そうなところに顔をだして、ついでに子供を保護したら逃げます。」

「逃げるんですか?」

「楽観主義者が長生きできるのは、平時だけですよ」


 残念ながら、私も化け物が討伐されるなどとは思ってもいない。


「まぁ貴方と子供を連れ出すというのは賛成ですね。壊滅原因の究明に役立ってもらいたいですから」

「..まだ壊滅していませんよ」


 城内にも振動が伝わり、パラパラと漆喰が降る。

 壊滅という言葉も強ち間違いではない。

 回廊を抜けながら、改めて身が震えた。


 ***


 広間には、侯爵氏族の男たちがつめていた。

 黄金の装飾に、炎揺らめく燭台が並ぶ。

 由緒正しき古き血に相応しき、壮麗な広間だ。

 そして装飾も美しい首座には、絵物語の如く武装した侯爵が座る。

 もう、起きて身動きできるまでに回復しているのか。

 無理に身を起こしているのかは、見ただけでは伺い知れない。

 眺める私達に気がついたのか、彼らの会話は途切れ、侯爵がフッと顔をこちらに向けた。


「無事であったか」

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