第255話 精算の時 ③

 広間の扉は開放されていた。

 外の混乱の音を拾う為だろうか。

 私達は出入り口に留まり、次の言葉を待った。


「住民は一時フリュデンに集めた後、東のモルデナに送り出すことになった。

 我々は、この城にて、出来得る限りの足止めを行う」


 侯爵のまとう甲冑は、漆黒の地色に金色で模様が描かれていた。

 神鳥だ。

 夜空に輝く鳥が飛ぶ。

 そこにおぼろに滲むような青白い顔は、幽鬼のようであった。


「御使者殿も、折を見て逃れるがよい」


 それにサーレルは、いつもどおり微笑んで礼を返すと問うた。


「一つだけ、お聞きしたいことがあります」

「何だ?」

「アレはどうなさいました?」


 それに侯爵は、視線だけを下げた。


「アレはもう、無い」


 サーレルの視線が私に向けられた。


「無い理由を聞いてください」

「よい、直答を許す」


 許しを得て、私は侯爵を正面から見つめた。


「無くされたのですか?」

「否」

「まさかお使いになられた?」


 私の質問に、卓につく氏族の男たちは顔を見合わせる。

 こんな状況にする会話に思えないのだろう。

 だが侯爵は、うっすらと笑うと頷いた。


「使ったぞ。愚かにも、使った」


 目の前が暗くなる。

 だが、肩を掴まれて正気を戻す。

 肩を掴んだ者、サーレルが不思議そうに私を見る。


「使うとは?」


 私が答える前に、侯爵が言った。


「使ったが無駄であった。

 そうして、あの化け物がやってきたのだ。

 我が死ねば、すべてが丸くおさまるであろうな」


 氏族の男達は、ぎょっとして侯爵を見つめた。


「天罰であろう」


 侯爵はそう言うと氏族の男達に、これからの手順を簡単に説明した。

 撤退しつつ、城ごと化け物を燃やすという。


「餌は、我だ」


 いっそ楽しげに侯爵は告げると席を立ち、私とサーレルを促した。


「ついてまいれ」


 それに氏族の男達は、途方に暮れた目をして動けずにいる。

 それも致し方ないことだ。

 侯爵は良い悪いは別にして、アイヒベルガーという一族そのものなのだ。

 その彼が死ぬということは、心の拠り所を失うという事になる。

 絶対的な何かを失うという怖さ。

 ざわつき動かない彼らに、侯爵は言った。


「ライナルトが時間を稼いでいるうちに、全てを終わらせるのだ。

 ライナルトを死なせたら、その方らも終いぞ。

 化け物の思うつぼであるな。

 アレは、我が一族を根絶やしに来たのだから」


 城が振動で揺れ軋む。

 外から聞こえる咆哮やざわめきとは逆に、室内は静まり返った。

 後継者に助力し生かさねば、自分たちも終わる。

 と、アイヒベルガーの氏族の男達も理解した。

 人同士の争いなど、圧倒的理不尽な存在を前にすれば無意味だ。

 彼らは次々に席をたった。

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