第256話 羊皮紙

 案内されたのは、城の中央部分にある庭園へと続く一角であった。

 川の流れがそのまま城の中に引き込まれており、建物の一部が水に沈んでいる。

 そのまま進めば深い緑と低木に咲く冬の白い花が咲く庭園になる。

 侯爵はその手前、館の地下を通る水路へと向かった。

 浅い水路には、点々と飛び石が足場として置かれている。

 夏の良き日には、その美しさと風雅な景色、涼しさを堪能できるのだろう。

 だがしかし、冬の暗い陽射しと押し潰されようとする気配の中では、暗く寒々しい。

 その飛び石を伝い奥へと進む。

 そこには金属の螺旋階段があった。

 装飾を施された金属の手摺、灰色の城壁。

 トゥーラアモンの城館は、どこを見ても芸術的であり美しい。

 美しいだけに、ひどく悲しく感じた。

 先導する侯爵の背が、侘びしく見えるからだろうか。

 栄華を誇る氏族の長であっても、彼の人は失ってばかりの人生に思えた。


(違うよ。あの馬鹿な女の言い草ではないが、この男は、失ってきたんじゃない。切り捨ててきたんだ。

 妻も子も、すべてを切り捨ててきた。

 だから、当然の孤独なのだ。

 同情してはならない。

 オリヴィア、君の悪い癖だね。)


 螺旋階段の先には、小さな扉があった。

 その扉を潜ると、壁全体が本棚になり書物が置かれた部屋だった。

 書物に湿気は大丈夫なのかと思う。


(湿気る事はないだろうね。下の水路から二階分上で、温度管理もよくできているよ。素晴らしい蔵書だね。

 都の僕の蔵書蔵の方が素晴らしいけどね。

 発見されていないはずだから、荒らされず残っているよ。

 もし都に行ったら、君にあげるよ。えっいらない?..そんなに嫌がらないでよ、高価な物ばかりだよ)

 

 小部屋には丸い窓があり、落ち着いた色合いの家具と絨毯に光りをあてていた。

 一見すると蔵書の部屋にも思える。

 だが、奥に据えられたものは、ここを霊廟としていた。


「ここにおられたのですね」


 奥の光りがさす場所に、青年が横たわっている。

 その首は無惨にも切り裂かれていた。

 無惨にも殺された嫡子であろうに、その死に顔は不思議と穏やかであった。


「古の約定を今一度確かめた。

 神の恩恵の一つに、反魂なるものがあった」

「反魂?」

「仮初でもいい。呼び戻したかったのだ」

「呼び戻し、何をしたかったのです?」

「聞きたかったのだ」

「殺した者が誰かをですか?」

「それもある。

 あるが、これの気持ちを聞きたかった。

 罵りでもよい。

 我が事を、今までの事を、本心を聞きたかった。

 我が、言わせなかった事を聞きたかった。」

「手遅れでは?」


 直裁で慰めもないサーレルの言葉に、侯爵は笑った。


「その通りだ。

 許しを願うのは、もう遅い。

 我が子は答えなかった。

 アレを使い、聞いてみたが、答えなかった。

 それが答えということだ。」


(あれ?おかしいね。

 のはわかるけど、お喋りははずだよ。

 だって、神の言葉を使ったんだから。

 呪術師以外でも、神威が宿る卵を使ったんだからね。

 必ず、お喋りはできるはずなんだよね。

 おかしいなぁ、必ず、んだけどねぇ)



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