第257話 羊皮紙 ②

 横たわる姿に近寄ってみる。

 眠っていると見えるほど、そこに朽ちる様子は見えない。

 腐敗臭も無い。

 皮膚のうっ血も崩れも見えず、血の気の無い整った頬は、今にも目を開きそうだった。

 朽ちない理由。

 短命種人族だとしても、死ねば腐り自然に還るものだ。

 人の腐敗は思うより早い。

 狩りをすれば生き物の分解がどれほど早いかわかるものだ。

 体の中を巡る血潮や糞尿、その他の水分であっというまに死体は変わり果てるのだ。

 故に、人の場合は葬儀屋という職業がある。

 他にも、生き物を剥製にする生業、医者や薬師も人が死ねばどうなる理解している。

 そして野辺の民もだ。

 行き倒れた死体を埋めるなぞは、下々の方が普通の出来事である。

 なぜ、腐らぬのだ?

 手を施したと思うのが普通である。


(では、一言いいかな?

 嫌がらずに聞きなさい。

 今度の事の根幹にかかわる事だよ。

 何も罠はないから、安心しなさい。えっ、信用ならない?

 ひどいなぁ、まぁいいか。

 さて、彼は死んだ。

 どうして死んだかな?)


 弟の蛮行を止めようとして死んだ?


(そうかも知れないし、もしかしたら違うかもしれない。

 では、誰が彼の首を切った?)


 弟のグーレゴーアか?


(そうかも知れないし、彼の仲間かもしれない。

 では、なぜ、?)


 それは、邪魔をしたから?


(イエレミアスは、人を殺すような事を止めたかも知れないが、彼らが何かを持ち出すことも、離反する事も止めてはいない。

 これは侯爵にも言える。

 領内に不穏の種をまくことは許さないが、彼らが離反するのを最初から止めてはいない。

 侯爵とイエレミアス、二人が避けようとしたことは何かな?)


 争う事か?


(不正解。

 侯爵は同じ氏族内での蹴落とし合いや殺し合いを止めない。

 けれど、ライナルトと母親は領外に出した。

 どうしてだ?)


 殺させない為だ。

 一見すると放逐したようにしてるけど、彼らを生かそうとした。


(さて、誰に誰を殺させないようにした?)


 怖い。


(怖い事が思い浮かんだね。

 そうだよ。

 別に殺し合っても良かったんだ。

 でもね、この土地で殺し合って血を流しあってはならないようだね。

 兄弟で殺し合ってはならない。

 それもアイヒベルガーの特別な血を流してはならない。

 それはエリという子供の血も同じだ。

 つまり、イエレミアスという血が流れた時、侯爵は終わりを悟った。

 残念なことに、殺し方も不味かった。)


 アイヒベルガーの血が、土地に流れたからか。


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