第703話 帰路にて ⑮

「国が転覆する騒ぎだった。

 王の乱心は突然おきた訳では無い。

 当時、混乱する現場をもたせる為に、年寄り以外の貴族の者達は秩序を守ろうと行政府に釘付けです。

 それも敵味方に分かれ、誰が裏切り者かもわからぬまま、私なぞ行政府から動けない始末です。

 実際の闘争や人死の現場に立ち会う暇もなくですよ。

 中央軍でさえ、軍閥の再編、現場の混乱、貴方方南部人は巻き込まれる事を恐れて自領へと多くの兵力を下げました。

 そして私の立場は、父も含めて次代のランドール殿を擁立しようと画策した派閥です。

 東側の私が知り得ていた事も一部に過ぎない。

 そして当時の、精霊種にまつわる神殿の闘争など、内部事情を知ろうとすれば殺されていたでしょう。

 家内の喧嘩騒ぎならまだしも、内戦です。

 わかりますか?内戦だったのですよ」


「記錄にないが、つまりはそういう話か。

 今の神殿の人間はどうなんだ?」


「当事者の神殿長から、既に二代目です。

 ランドール殿を補佐する現在の御人の、当時の肩書は違います。

 当時は神殿兵団の方にて治安維持に当たられておりました。

 もちろん、ランドール殿を擁立する派閥でもありますし、神殿内部の綱紀粛正を行った方です。

 代替わり時の方は後に不祥事を起こし処分され、現在の御人が役目を継ぎました。」


「知らぬわけでない、か」


「当時はわかりませんが、中央神殿の長が知らぬ訳が無いでしょう。

 それにあの方を保護し、養育をすすめられたのも彼の方です。

 御出身も考えれば、神殿方で一番、当時の事実を知っていらっしゃる。

 いえ、ランドール殿と彼は、一番わかっているでしょう。

 ただ、その口が開かれる事は無い。

 そして当時の事を知る王家預かりであった女性たちの証言はとれません。」


 黙る二人。

 どういう事だ?


 カーンは私をチラリと見てから、嫌そうに息を吐いた。


 あぁそうか。

 殉死だ。

 寝ていたふりの私が知らない話である。

 あぁ、嫌だな。

 殺されてしまったのか。

 生き延びたというのに、口封じされた。

 真実を葬るために。

 それだけ、恐ろしい出来事があったのだ。


「勘違いしないでくださいね。」


 公爵が少し困ったように言う。

 私を見て、少し、ほんの少し、困ったという表情だ。


「多くが嘘です。

 わかりますか?

 私は嘘つきですからね。

 当時のことを知っている人がいても、きっと喋らないという事ですよ。

 巻き添えで色々な人が不幸になりましたが、生き延びた人もいる。

 けれど、怖いから喋らないというお話です。

 誰も貴女に、若い人達に過去を話さない。

 私ならば、何を語っても怖くない。

 もう、失いたくない人は、去ってしまいましたからね。

 それに私が教えねば、妻に怒られてしまいますからね。」


 怒る?


「私達のように、知らぬ間に過去に追いつかれてしまってはいけませんから」


 過去に追いつかれる。

 私は何かに追われていたのか?

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