第608話 花が咲く ③

 尖塔は石積で、苔むしていた。

 ぐるりと塔の根本を見て回るが、入口が無い。

 見上げると館の上階から、中空に通路が架かっている。

 元は見晴らしよく楽しめる場所だったのだろうか。

 今は崩れかかった石の山だ。

 塔の中に何かあるのだろうか?

 だが、下手に穴でも開けようものなら、崩落しそうだった。

 石壁を触っていると、視界に違和感を覚えた。

 薄暗く濁った色の景色の中に、鮮やかな色。


 花、だ。


 ひやりと背筋が冷たくなる。

 可愛らしい薄桃色の花。

 冬の立ち枯れた景色の中、塔の先、荒れ果てた庭の果樹の林の向こう。

 藪と雑草の間に、点々と咲いている。

 点々と、館を回り込むように、裏の炊事場を越え、雑草に覆われた東屋の方向か。

 花壇の花ではない。


 黄泉の岸辺に咲く花だ。


 罪人を知らしめる神の印。

 罪の在り処を示す痕だ。

 ふらふらと勝手に足が進んだ。


 恐ろしさよりも、奇妙な感覚がわきあがる。


 開いた花は、花芯がほんのりと黄色く、咲いて蜜を含んでいた。


 お花が咲いたら?


「撒き散らされてるが、原型が残ってるな。

 腐敗も少ない。」

「1人分じゃないですね。男、かな」


 点々とちぎれた四肢に花が咲く。

 雑草を切り分け、東屋を越える。

 すると赤茶けた地面が見えた。

 赤茶け剥き出しの地面が円を描いていた。

 花は、その円を囲む。

 円の中には何もない。

 雑草も小石もない。


 やめて。

 やめて、見たくない!

 怖い。

 怖い?


 ひやりとした感覚。

 小暗い予感。

 残酷な事を目にするだろうが、怖いという思いは、私ではない。

 怖いのは、私ではない。

 怖かったのは、私ではない。

 喉元にせり上がるのは、恐れではない。


「大丈夫か?」


 大丈夫ですよ。

 ただ、ここの土の部分に入らないでください。


「中には入るな」


 さて、不死の王の呪いを乱す者は、置き換えを好むようだ。


 元の呪いは、犠牲ありきの巨大な術だ。

 犠牲は自ら望み、身を捧げる。

 確証は無いが、公主、つまり王の血筋を捧げ願った。

 鎮護の道行き。

 災いや戦乱をおさめる儀式。


 その枠組に毒を流し、儀式を台無しにする。

 材料の置き換えをしてだ。


 供物として自らを捧げた姫のかわりに、自滅をえらぶ者を集めた。

 術が穢で動かなくなるほどの生贄を集め続けた。

 壊れなかったのは、置き換えを行った者が未熟であったか、本来の術が不死の王神に等しき者の手による物だったからだ。


 最終的な目的はわからない。

 今の時点でわかる事。

 術は壊れなかったが、別の術に成り代わるところであった。


 術の反転、壊れず持ちこたえたために、あと少しで災いと死がもっともっと広がっていたかも知れない。

 鎮護の道行きは、擾乱じょうらん(人心を乱す為)の呪陣となっていただろう。


「どうするんだ?」


 何を目指していたかはわからない。

 ならば元の術が再び反転せぬように、穢を清めたいと思う。


「大丈夫なのか?」


 何も心配することはありませんよ。


 傍らの男を見上げる。


 何があったのか、教えてもらうんです。


「誰に聞くんだ?」


 私は必要な物を伝えた。




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