第607話 花が咲く ②

 私は振り返り、左の部屋にいる男を思う。

 私は大丈夫だ。

 大丈夫。

 たとえ、迷子になっていたとしても。

 貴方には伝えたくない。

 他の気になることに意識を向けよう。

 気になる事。

 私はザムを見上げると、鍵のかかった扉を開いてくれと身振りした。

 あの、閉じこもっている男達の部屋の扉だ。

 物音一つ、しわぶきひとつ中から聞こえない。

 ザムが留め金を弾く。

 カチリと軽い音がして、後は扉を押し開き..


「ん、おかしいですね」


 開かない。

 そこでザムは蹴りつけた。

 そこまでの強度のある扉ではない。

 ひと蹴りで扉はたわひびが入る。

 だが、蹴破る事も砕くこともできなかった。

 不思議に思ったのか首を傾げる彼に、声がかかった。


「どうした?」


 炊事場の方から、トリッシュが顔を出した。


「奴らの部屋の扉が開かないんだ。中から何か押さえてやがるのかも」

「得意だろ、壊すの」

「人聞きが悪いなぁ、蹴ったら罅は入ったんだが、妙に硬い」


 どれどれと、トリッシュはやってくると扉を見回す。


「うん?この部屋のだけちげぇや。見てみ」


 促され私とザムは、隣の扉を見る。


「丁番が逆、か」

「左の部屋と同じで、扉を引くんだろ」


 と、言った本人が、ギョッとした顔をする。

 それを見て、ザムは鼻で息をフンと吐くと、もう一度、扉の取っ手に手をかけた。

 思い出せない。

 扉の向きは、ここだけ左の部屋と同じだっただろうか?

 隣と同じかけ金は、外にある。

 錯覚だろうと、ザムは扉を引きあける。

 と、そこには


「昨日使った、鎚はどこにしまった?」


 乾ききっていない漆喰の壁だった。


 ***


 男達は、何れも刃物で斬りつけあって絶命していた。

 刃物は男達自身の物で、状況だけなら同士討ちに見える。


「まぁそんな訳ねぇよな。で、どういうこった?」


 遺体の側にしゃがみ込み、面白くなさそうにカーンが傷口を見ている。


 未だに術を乱そうという力が働いているのでしょう。


「術、ねぇ。で、昨夜の術?とやらはどういう影響、意味があるんだ」


 何かを護ろうとした術でしょう。

 おそらく、本来は鎮護、国護りと呼ばれる土地を守る術です。

 大掛かり且つ、犠牲ありきの術ですが、本来の鎮護、神殿で行われる祭事に同じく、人を害するものではありません。


「だが、ぼろぼろ人を殺してるぞ」


 殺しているのは、鎮護の術ではありません。


「よくわからねぇ」


 人を殺すのは、同じ人です。


「あ〜死に方は異常だが、手段でしかないって事か」


 ここでの蛮行は、同じ人間の仕業です。

 武器で殺すか、置かれていた術を利用するか、この違いだけです。

 彼らが死んだのは、昨夜の術が原因ではありません。


「違うのか?」


 自ら捧げ物にならなかった者達を始末し、場所を穢した。

 この業が場所に残り、術が壊れるまで蛮行を続ける。

 手段は特殊ですが、人間の仕業です。

 ここで蛮行を行う理由が必ずあるのでしょう。


「理由か」


 己で漆喰で出入り口を塞いで死ぬ。

 漆喰をどこから持ち込んだ?

 元より死に怯えていたのだ、仲間同士で殺し合うほど狂ったか?

 条件が揃うと、部屋の扉が反転し、閉じ込めて殺し合いをさせるのか?


 死体を部屋から引き摺り出し、館正面の庭に集めた。

 油薬で火葬にするのだ。


「館ごと焼いたほうがいいか?」


 ここで蛮行を行う理由を探さねばなりません。

 ここでなくてはならない理由です。

 その手がかりを見つけてからでなければ、ここを焼いても清める事ができません。


「何処だと思う?」


 調べていない場所はありますか?

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