第530話 鏡 ④

 やがて木立が途切れると、風に波紋を広げる湖にたどり着いた。

 それまで歩んできた沼地は、点々と陸地を覗かせていた。

 それが途切れ、眼の前に広がる水は、恐ろしいほどの大きさと深さをみせている。

 葦が揺れ、木立は枯れ、靄が風に流れていく。

 うっすらと明るい陽射しはあるが、目を凝らしても対岸は見えない。


「美しいですね」


 薄暗い雲海を背負う北の山。

 東からは淡い朝陽。

 空をうつす湖面に、木々、そして。


「色々な思惑はあったとしても、公主の為にと心を砕き、手間暇をかけ、そして多くの人が作り上げた。

 彼方に相応しく、その絶たれた命を惜しみ慰めになれと。

 それも誰に見せるという訳でも無い。

 これは、ある意味、恐ろしい程の思いですね。」


「思い?お前なら愛とか言い出しそうだが?」


「愛、この景色を愛とするなら、怖いです」


「まぁ同感だ。

 愛という安易な言葉で片付けるのは、俺も好かん。

 これが愛情の表現だとしたらな、野辺に作られ花を手向けられた墓に愛が無いとなるしな。

 それに人間死んだら終わりだ。

 こんな辺鄙な場所に、無駄金と時間をかけて宮殿を作ってどうするんだ。

 豪勢な代物も結局は墓だ。」


「私は、半ば苔むし埋もれた霊廟を思い描いていました。」


 視界いっぱいに広がる湖。

 その中心に、予想を裏切る景色が見える。


「東は、オルタスでも類を見ない技術国だ。

 浮遊石を動力に使った空船を造船しているのがボフダン。

 強度の高い建築資材を作り出しているのがコルテス。

 飛空石の原料は南部経由でジグから輸入しているし、建材は自領の鉱石を加工し輸出している。

 こうした採掘、鉄鋼、造船、などから派生した技術が、東の財産だ。

 中央が医療技術に特化しているように、こちらは資源開発や運用技術に長けている。」


「シェルバンは」


「鉱毒以前から断交中と言っても良い。

 それに彼らは、神聖教徒でもなく、公主を長命種とも見ていない。」


「それほどの土地柄、なのですね」


「まぁ色々あるんだ。

 一方の意見だけを聞けば、何もかも頑迷なシェルバン人を悪く思う。

 だが、自分の領地領土、財産や民を守ろうとするのは悪い事ではない。」


「そうなんですか?」


「積み上げられた歴史もある。

 お前は中央王国民だが、北部人とも呼ばれるな。

 南部人の俺とは、暮らし方も違うだろう。

 食い物だって違う。

 宗教、人種、土地、これまでの生き方、暮らし方。

 何もかも同じにはならない。

 だから排他的な種族がいたとして、それを悪とするのは、こちらの価値観。

 偏見かもしれない。

 まぁシェルバン人に関しては、偏見ではないが。」


「中庸なものの見かたをしろと?」


「お前、あの巫女の婆さんに似てきたなぁ。

 もっと可愛くなれねぇのかって、いや、怒るなよ。

 まぁシェルバンを擁護するつもりは無い。

 歴史や出来事を知ると一応、理解できるってだけだ。

 糞が糞ってのは変わらん。」


「言い方」


「はいはい、シェルバン人も建前は一応ある。

 正当な長命種であり、中央王国で、自分たちこそ敬われるべきだってな。

 で、そんな盲言を言い出す馬鹿どもを、同じ東の貴族共も擁護はしない。

 この景色には、そんな歴史の影響もあるんだろう」

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