第531話 鏡 ⑤

「東でも孤立しているのですか?」


「シェルバン人とは何かを教えてやろう。

 彼らは自分たちを唯一の人としている」


「えぇっと、中央王国は多民族国家として」


「多民族国家として樹立されたのがオルタスだ。

 糞もここまで来ると、こえにもならねぇ。」


「どんどん、言葉が悪くなってますよ。

 共通語の悪態など、高貴な身分には不要では?」


「ふん、巫女家業が板についてきたな。

 けどよ、教師とやらにも言われたが、俺はまだマシなんだぞ。

 南部貴族になるとな、逆に共通語を喋らんヤツが多くなるんだ。」


「そうなんですか?」


「シェルバン人の考え方がわかるってのも、これだな。

 自分たちの文化、考え方を守りたいって事だ。

 それが元にあるから、身分が高くなればなるほど、安易に手を取り合う事が難しくなる。

 それを弱さと取られてはならないからだ。

 貴族ってのは、強さが絶対だ。

 民は勘違いしているのが殆だろう。

 身分が高ければ優雅に暮らせる?

 とんでもねぇ、逆だ。

 武門であろうとなかろうと、武張ぶばってみえなくとも喧嘩上等、喰われないように喰うって姿勢が貴族だ。

 南部領地でも、東側に領地を持つ貴族に特にそういう考え方がある。

 共通語ってのは、つまり自分たちを不当に搾取してきた長命人族種が使う言葉だ。

 それを使うのは、妥協する事。

 自分たちを下に置く事になる。

 だから南領東部貴族は、共通語は読めるが喋らない。

 必要なら下々に通訳でもさせる。

 だが、書類や重要な事は、本当は読めるし聞き分けられる。

 気がついたか?

 東部貴族出身がオービスだ。

 別段、田舎から出てきて言葉に不自由してるんじゃない。

 あいつは、古い家柄の貴族だからな、中央軍に出仕してから、共通語の会話を習った。

 聞き取りも、書類仕事にも何ら不自由はない。

 教養も深いし、女子供にも優しい。

 おまけに金持ち貴族の長男だ。

 家長は姉だが、あれで領地では、お坊っちゃまなんぞと呼ばれてるんだぜ。

 俺とは違うって、何だよ目ぇむいて、顔が面白いぞ。」


「いえ、オービスの旦那も貴族なんですね」


「安心しろ、他の奴らも多少、色々くっついちゃぁいるが、最下層の傭兵上がりだ。

 無礼討ちはねぇし、オービスは女子供にはゲロ甘だ。

 ひっぱたかれようと笑って流せる。

 俺たちの仲間内じゃぁ一番、安心してひっついていられるぞ。」


「いえ、ひっつきません。優しい方なのはわかっていますよ」


「話がそれまくったなぁ。

 まぁ考え方はわかるが、シェルバン人は一つ、履き違えている事がある。

 東部の獣人貴族と同じだな。

 シェルバンが暮らす場所も中央王国だって事だ。

 彼らは王国の地方領にすぎない。

 主義主張はあれど、中央王国人としての考え方を学ばねばならない。

 己が考えを持つ事はよいとしてだ。

 共に生きていくという視点を持たぬのは間違いだ。」

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