第474話 眺望 ②

 ***


 心残りの大半が、残された者への心配だと思う。

 けれど、私に訴えていたのは、何か違うと思った。

 見える者への言付けではない。

 供物への嘆願だ。

 でも、私には何か根本的に見えていない事柄がありそうだ。

 理解するには材料がたりないと思う。

 では、どうすればいい?


 オンタリオ公主、ニコル・コルテス。


 目を閉じて、上掛けの上に横たわる。

 自然と睡魔に覆われて、意識が緩んでいく。

 疲れた。

 気持ちが疲れたのかな。

 部屋は少し肌寒い。

 足を引き上げると、私は丸くなった。

 きっとこのまま眠ると、折れた足が痛みそうだ。

 けれど靴を抜いて、布団に潜り込むのは嫌だった。

 できれば、夜には教会に戻りたい。

 少しだけ、眠ったら


 ***










 私は歩いている。

 奇妙な事に、地面がとても近い。

 視界も変だ。

 冷たい石畳を音もなく歩きながら、今日も雨だと嘆く。

 濡れるのも寒いのも嫌だな。

 けど、今日も朝から忙しい。

 彼奴あいつらが増えてきたから、早く片付けないと。

 アレを早く片付けなきゃ駄目だ。

 仲間が減ったのも問題だ。

 彼奴らは、自分たちを気にもしない。

 けれどアレは気がついている。

 少しづつ、仲間が居なくなる。

 あぁ雨が嫌だなぁ。

 アレは小さいのを喰う。

 今に大きいのも喰うだろう。

 そうしたら彼奴らが来る。

 最近、奇妙な場所から匂いがする。

 仲間が減るのは、困る。


 私はふわりと跳躍した。


 体を伸ばす、高い場所だ。

 そこから部屋の中が見えた。

 男が書物をしている。

 ちいさな手帳だ。

 男は暗い場所で書物をしていた。

 肌の色が妙に青黒く、目がどんよりとしている。

 目。

 目玉が人にしては丸く大きく、瞼が下りる様子もない。

 暗い部屋で書物をしているが、手元には灯りがなかった。

 男は何かを書付終わると、丁寧に油脂で手帳を包んだ。

 細い紐で更に括り、小箱を取り出すと中に納めた。

 そして小箱の鍵を閉めると小さな錠前がきらりと光った。


 私は高い場所を歩きながら、雨の匂いをかいだ。


 お腹がすいた。

 見回すと裏口が開いている。

 そこから大きいのが出てくる。

 私が近づくと、大きいのは笑った。

 手招かれる。

 いつもなら、残り物をくれるので喜んで近寄る。

 でも今日は駄目だ。


 嫌な匂い。


 彼奴あいつらとアレは同じ匂いがする。

 だから仕方がない。

 それにどちらも、小さいのを喰う。

 残酷な代物に違いはない。


 裏口の扉の向こう。

 暗い扉のむこうには、洞窟のように真っ暗だ。

 真っ暗で獣の口のように見える。

 私が近づかない事、大きいのは不思議がる。

 おいでと言う大きいの、彼女は微笑んで手を差し出す。

 と、不意に背後に気配を感じ、私は振り向いた。


 誰?


 そっくりな顔。

 いつものように空虚な笑顔。

 でも違う。

 あぁ仲間に伝えなきゃ。

 似てるんだ、大きなのにそっくりだよ。

 だから、仲間が消えるんだ!

 あぁなるほどと感じると共に、私の小さな体は消し飛んだ。

 消し飛び、血の一滴も残さずに死んだ。

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