第473話 眺望
喉が乾いた。
自分を憐れむという行為は、自己陶酔でしかない。
鬱陶しい女だ。
自分を叱り、落ち込むことを無駄と切る。
喉が痛い。
下でも生水を控えた所為か、余計な水分を流したおかげで、喉がひりひりしている。
簡素な室内を見回すと、水差しがあった。
その中身が飲めるかどうか、定かではない。
かといって、外へ水を頼んで届くのだろうか?
この部屋は、城の廊下とは接していない。
扉の外から閂が降ろされている。
ここは仮眠の部屋?なのだろうか。
部屋の隅にある簡易の便座を見ると、気分が更に憂鬱になった。
ただ、寝具は清潔で湿った様子も無い。
石造りの壁には、綴織の壁掛け。
その壁沿いには、乾燥した虫除け病気を防ぐ薬草が置かれている。
牢屋ではない。
清潔で良い匂いがする。
さしずめ軟禁部屋だろうか。
戦城の為か、窓は暑い壁の先にあり、開閉は立てかけられた鉤棒でするようだ。
近寄ると、灰色の海と空が城壁の向こうに広がっている。
この部屋は思ったよりも、高い場所にあるようだ。
城下は見えず、海と空が窓を占めている。
私は水差しを取り上げると、側に置かれた杯に注いだ。
腐臭はしない。
一息に飲むと、ただの水だ。
この城のすべてがこの部屋の通りならば、よく行き届いている。
そのまま、二杯ほど飲み干す。
例え簡易な便器のお世話になろうとも、どうでも良いと思った。
どうやら目から水分が抜けると、感傷も何処かへ消えたようだ。
腹立たしいわけじゃない。
少し悲しいと思っただけ。
それに自分の事よりも、考えねばならぬ事がある。
泣いて頭も痛いし。
ともかく、自分の事は考えたくなかった。
目を閉じて、溜息ひとつ。
瞼に浮かぶのは、あの金の記章だ。
船長が書いた文字は見えなかった。
邪魔がはいったから。
言葉も駄目だった。
でも、記章は見えた。
何故なら、死者が手を加えた幻ではないからだ。
死と共に失われはしたが、生前の持ち物だ。
つまり実際にあった品だ。
ニコル・コルテス
記念の品なのだろう。
コルテス、東のコルテス公の縁者か?
存命の方なのか?
だが、そのままの意味ではないだろう。
邪魔されないように、遠回しに示したのだ。
名前、地名、それともニコルという人物に縁のある何か?
何を伝えたかった?
魔女に気をつけろという警告。
そう考えれば、魔女の正体?
何れにせよ、あの記章の意味を調べたい。
調べてどうする?
無駄?
少なくとも、心残りを伝えられたのだ。
きっと意味はある。
あの船長はどちらの船の者なのだろう?
沈没船は二隻だった。
魔女の行いによって沈んだ?
船の沈没は故意だった。
その手段は何だ?
魔女?
呪術?
何だろう、それは違うと私が答える。
呪術の感触は無い。
魔導でも無い。
沈没の原因、手段究明を訴える?
彼らは理由を探せと伝えている?
フッと答えだけが浮かぶ。
馬鹿らしいと普通は思う答え。
彼らは、沈没の原因究明を訴えていない。
彼らは死ぬ定めと諦念していた。
これは神罰であると。
神罰?
知らず、ぶるりと身震いが奔った。
***
供物の女、神の娘よ
どうか、どうか、己が罪で苦しむ者に
神の
どうか、どうか、我らの間違いに
我らに
咎人に
そしてどうか、どうか
魂に
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