第472話 金の記章 ③

 在りし日の姿の男達。

 彼らは私達を見ると、何かを訴えかけた。

 近寄らず、枕元を囲む彼らは、必死に私達向かい、何かを言う。

 少し身振りを加えて、必死に助けを、助け?

 彼らは不安を表情に浮かべていた。

 凍りつく私達にも、それは伝わる。

 すると、あの年老いた男が大きく口を開いて何かを言った。

 今ならわかる。

 邪魔されているのだ。

 彼らは私達に何かを伝えようと、必死に口を開く。

 しかし、その足は枕元から動かず、言葉は激しい風の音にかき消される。

 風など吹かぬ室内だと言うのに、吹き荒れる海上にいるかのようだ。

 何度か、そうして彼らは話しかけるも、それが届かない事に気がついたようだった。

 年老いた船乗りは、周りの者に何かを言った。

 すると、後ろの方にいた陽に焼けた男が、船長らしき男の肩を叩いた。

 身振りで、船長が、あぁわかった。と、答えたのが想像できた。

 それから船長は懐から、小さな革の手帳を広げた。

 何かをサラサラと書きつける。

 それを私達に向けた。


 文字は滲んで見えない。


 たぶん、邪魔が入っているだけではない。

 私達の疑念と恐れも、彼らの伝言を妨げているのだ。

 私は、恐れていた。

 それでも彼らの気持ちだけは伝わる。


 船長は考え込んだ。

 そして、傍らの年若い水夫に手帳を渡す。

 水夫は手帳を受け取ると、隣の壮年の男に文面を見せた。

 壮年の男は、それを見て少し笑うと、胸元から首飾りを引き出した。

 首飾りの先端には、丸い金の記章が下がる。

 それを指差し、私達に見せた。


『貴方方の航海の無事を祈る

 オンタリオ公主ニコル・コルテス』


 記章に刻まれた言葉。


 『ニコル』


 男は届かない言葉の代わりに、大きく口を動かした。


 『ニコル』


 それから不意に、彼らは消えた。

 立ち尽くす私達を置き去りにして。


「私は」

「駄目だ!」


 カーンは私を抱えたまま、外に出た。

 そしてあっという間に馬に乗り、城塞へと戻る。

 カーンは繰り返した。

 今は何も言うな。

 と、繰り返した。

 教会には戻らず、城へとそのまま入った。

 城へと入ってからは無言だった。

 誰にも何も言わずに、私は城の一室に入れられた。

 部屋に降ろされ、カーンは出ていった。

 扉は開かなかった。

 彼は、私を見なかった。

 私は、彼を見つめ続けた。


 きっとカーンは、私を恐れたのだ。


 私という化け物の本性を知り、嫌ったのだ。

 一人きりになったら、何だか涙が出た。

 何で泣いてるんだろう。

 わからない。

 何もわからない。

 そう思わねば、生きていけないような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る