第438話 野良猫 ⑥

 猫だ。

 私が興味を持ったのが伝わったのか、カーンは猫が群れる店の方へと進んだ。

 魚屋かと思ったが、乾物を並べている。

 猫は群れていたが、商品には手を出していない。

 その店の隣の路地に餌場があるようだ。

 街の猫なのか、餌と水場が用意されていた。

 北にも猫はいる。

 しかし、あまりの冬の厳しさに野良猫はいない。

 そういえば、神殿にも猫がいた。

 あの壁の破壊の後は見かけていないが、動物に被害が出たとは聞いていない。

 猫、可愛い。

 集まる猫たちは毛艶もよく、色合いが多彩で手を出したくなる。

 側で見たいと降ろしてもらおうかと思った時、餌に頭を突っ込んでいた一匹が振り向いた。


 猫も驚いたという顔をするのだなぁ。


 私がのんきな感想に頷いていると、次々と猫が顔を上げて振り返る。

 振り見て、口を小さく開けて動きを止め。

 よく見ると、何匹かの猫の背毛と尾が太くなっている。

 どうやら食事の邪魔をしたようだ。


「旦那、行きましょうか」

「撫でないのか?」


 片方の前足が持ち上がったままの猫もいる。

 ゆっくりと離れながら振り返ると、猫たちが何故か見送っているのが見えた。


「旦那のせいですかね?」

「知らん、俺のせいなら逃げ出していなくなるだけだ」


 通りは高級な店もあり、珍しく見るだけでも面白い。

 そうして暫く歩くと中央の通りから、枝葉の細道へ続く幾筋かの分かれ道が目についた。

 喧騒から、その奥の路地の方が賑わっているのがわかる。


「そっちは行かない」

「何故です」

「女子供が行く場所じゃない」

「酒場とかですか」

「港町の遊興施設だな。

 酒場に娼館に奴隷商いの店、ついでに賭場にと後ろ暗い商いも揃っているだろう。

 船員相手だ、ふっかけてくるような店しかない。」


 歓楽街という物は見たことがない。

 私が興味津々な様子で、薄暗い路地を見ているとカーンが笑った。


「坊主だと思っていた頃なら、連れて行ってやるところだが、女がいくような場所じゃない。

 一人でいったら叩き売られるのがオチだぞ。」


 なるほど恐ろしい場所だ。


「子供でも売れるのですか?」

「子供だから売れるのさ。

 ちなみに、俺とお前を見た街の奴らは、何処かから子供を拐かして来た奴か、金に詰まって売りに来たとでも思ってんだろうなぁ」


 嫌な事を聞いた。


「さっきの漁師たちも、俺が子供を売りに来た破落戸だとでも思っていただろう」

「旦那は、立派な騎士のお姿です。まぁ多少、普通の兵士のお姿よりも恐ろしげですけど。」

「ありがとよ。

 でもな、ここでは、そのご立派な兵とやらが破落戸なのさ。

 獣人だからって話じゃない。

 領土兵なんて名乗っているが、ここでの兵士は破落戸と同じって事だ。」

「中央軍の方は違うでしょう?」


 それにカーンは嗤うと私を改めて抱え直し、ゆっくりと歩き出した。

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