第140話 窓の外 ④

「卑怯者は臆病だから戻ってこない」

「残念ですね」

「あぁだが、こんな腐れた魂は、酷い臭いがする。

 どこに逃げたところで、最後は魔物の餌だ。」


 魔物の餌がどういう意味か、比喩なのか私の知る魔物の餌なのか、当然、聞くことはできない。

 黙る私を他所に、イグナシオは又、聖句を呟き始めた。

 私も料理に戻る。


 子供は言葉が喋れなかった。

 耳は聞こえるようだが、大陸共通文字、標準語は読めない。

 その可愛らしい口元からは、吐息のみがもれる。

 ただ、聞き取りはできるようだ。

 男達と私が喋る言葉は、王国の標準語で大陸共通語とよばれるものだ。

 人種、民族、国、地域によって使われている言葉が違うので、大陸に暮らす大凡の人々は、この共通語を聞き取る事ができる。

 聞き取りはできるが喋れない書けない。と、いうのは地方ではよくある事だ。

 この集落も辺鄙へんぴな場所にあり、外部との交流もあまりなかった為、この共通語が使われていなかったのだろう。

 この外部との交流には、神聖教の布教から外れている事も含まれる。

 神官がこの地に渡ってくるようなら、このような蛮行も早期に発見されていたはずだ。

 それも今更である。

 ここは誰の持ち物だったのか。

 生き残りの子供に問いかけても、頷くか首を振るだけである。

 根気強くサーレルが問いかけ、聞き出せたのはわずかだ。


 犯人は複数。

 村人の殆どが死んだ。

 女と子供は井戸に入れられた。

 犯人の多くが同じ村人だった。


 なぜ、殺された?

 なぜ、井戸に生きたまま閉じ込められた?


 子供は泣くだけだ。


 集会所の備蓄のことも聞いた。

 食べても大丈夫らしい。

 そこで日持ちのする物を選んで持ち出す事にした。

 残りは、どうせならと手をかけて料理しようとなった。

 まぁ私が作るのだから、子供や自分が食べやすい物になる。

 男達から文句がでるかな、と思った。

 けれど交代で食事を取る男達からは、美味しいという言葉だけだった。

 お世辞だろうか。


が食事当番でなければ、皆、安心して食える。それだけでも美味いし、ありがたい」


 いわおのような男、肩の筋肉がもりあがったこれぞ獣人という感じのスヴェンが、ヒソヒソと小声で私に言う。

 あの男サーレルとイグナシオが火葬の手伝いに入れ替わりで出ていったのを見計らっての内緒話だ。

 その隣、これまた山賊の親玉のような大男のオービスが吹き出している。


「お前が食事に加われば、さすがにあの男もだろう」


 それに吹き出すのをやっと堪えたオービスが頷く。


「混ぜる?」

「子供に余計な話はするな」

「おぉすまんすまん」


 エンリケがいつもの無表情で中へと入って来た。


「今夜中に終わらせる。お前は子供と一緒にここで寝ていろ。

 子供から離れるなよ、何かあったら叫べ。

 それから、俺と兄弟が最初に仮眠をとる。

 スヴェンとオービスが次だ。」

「了解」


 火を絶やさぬようにするのも難儀だ。

 その火を目指して襲撃者が戻ってくるか、恐れて近寄らぬか。

 どちらにしろ、一人旅ではなくて良かった。と、つくづく思った。

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