第141話 窓の外 ⑤
食事後、集会所で休む支度をする。
子供は戸口に立ち、墓場に行きたがった。
だが、近くで見ない方がいい。
臭いも焼ける姿も、子供が目にしていいものではない。
井戸の中で、生き腐れていくのを間近で見ていたとしてもだ。
ここから炎を眺めるのが一番、心穏やかな別れだ。
もう十分、見たのだ。
これ以上、見る必要は無い。
勝手な言い分だろうが、引き止めると戸口で眺める。
夜でも煙が天に昇るのがよく見えた。
天に還るのだ。
安らかに眠れ。
と、祈る。
もし、地に還るなら、慈悲を願う。
宮の主に慈悲を。
すると子供が私の手をひいた。
集落の方へと向く。
二人並び見下ろすと、あの井戸が見えた。
暗い中、井戸の回りの敷石が白く浮かぶ。
子供が見せたかったもの。
井戸の影。
その影より黒い、真っ黒な塊が動いているのが見えた。
ウゾウゾと蠢き、徐々に影からわき出て大きくなっていく。
円になって蠢き、まるで祭りの踊りのようだ。
円になり、輪になり、蠢く。
蠢き、手を繋ぎ、井戸を回る。
踊る人の輪だ。
その足元から赤い色がチラチラと這い昇る。
どす黒い血の色の煙だ。
煙は巻き上がり、空へと消える。
炎に巻かれて昇る死者の煙と、その赤い何かは混じり合うと天に消えた。
私と子供は、井戸の周りで踊る黒い塊を見続けた。
どれくらいそうしていたろうか。
休憩の男たちが入れ替わる。
茶を飲み寝に入る者と出ていく者の音を背後に聞きながら、二人で井戸を見続けた。
黒い塊は、踊りながら井戸に入っていく。
井戸の蓋はされているのだろうか?
井戸を石で潰すべきだろうか?
と、ぼんやり思う。
私は、何を見たんだ?
子供の手を引くと、戸口の外に置かれた焚き火の前に座る。
散らばる考えを拾い集めようとして、どう組み立てるかわからない事に気がつく。
座り、額を手でおさえる。
結論を急ぎたくない。
そう思い、手近な事を探し拾う。
例えば、そう、子供の名前がわからないと不便だ。
廃村の生き残りとして国に届けるにしても、名前が無いと。
人別にそもそも載っているのか、ここがどこの領地になるのかを調べねばならない。
本名や正式な名前は、調べをする役人に任せればいい。
その時まで、日常で使う名前が無いとこまる。
この国の人間は名前を二つ持つ。
隠し名というものだ。
この子供も共通語を覚え、自ら名乗れるまでは、仮称が必要だ。
ちなみに貴族の名前は長いので、多くが仮称か身分、領地などで呼ぶ。
ウルリヒ・カーンと名乗る男にも長い貴族の名前があるはずだ。
そして隠し名は、命名の儀式を執り行う神官が記録する。
公の名前、愛称、隠し名。
支配階級になれば、公の名前も更に増える。
と、どうでもよい事を並べるが、結局、私は見たことを受け入れるしかなった。
あれは呪術だ。
どうみても死霊術だ。と、私はわかった。
私は、死霊術だと判別できた。
(グリモアは玩具さ。
君は未熟だけれど、見えるからね。
遊び方がわかるんだ。
よかったね、いっぱいお喋りができそうだよ。
うれしいなぁ、いっぱいいっぱい遊ぼうね)
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