第142話 窓の外 ⑥

 何か別の事を考えよう。

 そうこの王国では、公の名前も中々名乗らない。

 共通語も、特に人の名前を抜かす文法になっている。

 だから、私も男達もお互いを名前で呼ぶことが少ない。

 個人名というものが、長期の戦争のおかげで避けられるようになった。


(違うね、元々の文化が呪術を基本としていたからだよ。

 君も通り、本来の隠し名は、呪術に利用されない為だ)


 魔除けとして個人名を避けるのは、戦争中の験担げんかつぎの意味もある。


(頑固だね)


 ただし、貴族は話が違ってくる。

 公用名は、長々と名乗る。

 カーンの全部の名前はしらないが、支配地や役職が公の名前にたされているだろう。

 また、政治的な役職名と軍に所属していれば、そこでの階級もたされていく。


(あの男の名前を教えようか?隠し名も、オジサンが知ってるようだし)


 オジサンって誰だ?


(君にいつも助言をしたがる、あの鏡の)


 やめてくれ、妄想と会話をしたくない。


(妄想..)


 貴族は多くの名前を持っているが、私のような民草たみぐさは、本名、名付けの儀式で与えられた隠し名、愛称の三つが普通だ。

 使い方としては、隠し名は神殿に納められる名だ。

 死後に戻され墓に刻まれる。儀式名かな。

 本名は親などがつける公の名前だ。

 あらたまった場所で呼ばれる名であり、人別に記される名だ。

 親しい人が呼ぶ名だ。

 そして普通の生活の場で使われる名が、愛称である。

 余程の正式な場でない限り、本名以外のこの愛称が使われる。

 私だと、本名がオリヴィアで、愛称がヴィだ。

 本来ならヴィと呼ぶべきところを、カーンはオリヴィアと名で呼ぶ。

 きっと宮にて繋がりができてしまった所為だ。

 でも、大丈夫。

 私は、宮の主に隠し名を与えられ、今までの名は消えた。

 私の魂をあらわす名前は、既に主の手の中なのだ。

 オリヴィアという名も、ヴィに同じ。

 神殿にあるだろう隠し名も、同じ。

 主が名を与えグリモアに預けるとは、この世から消える事。

 私は、既に写身と同じなのだ。

 名前を繰り返されたところで、それに意味は無いのだ。


 一息に思考を理屈で押し流すと、妄想は黙った。

 ため息をつかれた気配はしたが、きっと気のせいだ。

 焚き火にあたる子供に、白湯を飲ませ蜂蜜を固めた飴を含ませる。

 それから私は、自分を指してヴィと名乗った。

 子供は困ったように、もじもじとした。

 自分の名前が、何の音に近いか指さしてご覧と子供を促す。

 すると子供は空を指さした。

 私は順繰りに、発音してみた。

 空、夜空、星、木の葉、夜。

 共通語ではなにのだろうかと、北の訛に変えてみる。

 するとある星座をいったら、近い発音になったようだ。


「エリエゼル、違うか、エゼル、エリ、エリ?」


 激しく頷く。

 目眩をおこしそうなので、慌てて彼女の頭をおさえる。


「エリは、この村以外に知り合いはいる?」


 いないようだ。

 先程の黒い影の事は聞かなかった。

 私だけが見えていたのかもしれないから。

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