第143話 窓の外 ⑦

「明日、村を出ることは聞いた?」


 聞いたようだ。

 落ち着いた様子でエリは頷く。

 極限状態にいたというのに、この子は落ち着いている。

 落ち着きすぎている。

 村から離れてから反動がきそうだ。

 それにこの落ち着いている事こそが、異常なのだろう。

 彼女を預けられる場所に、医師や薬師がいればいいのだが。

 そんな事を考えていると、遠くで雷が鳴った。

 空を見ると、煙の向こうに紫電が見えた。

 雪か雨か、私達は寝ることにした。


 ***


 蛇だ。

 白い蛇がいる。

 よく見ると、とても愛嬌のある顔をしていた。

 人に慣れているのか、側に寄るとスルリと巻き付き、肩に乗る。


(たすけてくれて、ありがと)


 蛇はチロチロと舌で私の頬を舐めた。


(おれい、くさったたましい、よく、みえる)


 そして再びスルリと降りていく。

 そうしてウネウネと去っていった。


 腐った魂?


 ***


 水を浴びる音で目が覚めた。

 冷えた大気の中、焚き火を前にして男達が冷水を被っている。

 そうしなければ、体中についた臭いがとれないのだ。

 一通り水を浴びた後、清潔な衣類に着替えてから食事を始める。

 凍えているから、最初は酒を落とした茶を飲ませた。

 違った、酒に茶を少し混ぜたモノをガバガバ飲んでいる。

 酒に強い獣人だ、それでもお茶が暖かい程度の感覚のようだ。

 多少の疲労はあるが、たっぷりと備蓄の食料を使った朝食に元気をすぐに取り戻す。

 男達はガツガツと食事をとり、今日こそは出発できると意気込んでいる。

 さすがにそろそろ人と、つまり女性のいる街にたどりつきたいようだ。

 私とエリには聞こえないように、ごそごそ話していたが、生憎、耳も目も良いので丸聞こえである。

 本来なら北領を抜けて街道の宿場についていても良い頃だ。

 今日は駆けて駆けて駆け抜けるつもりのようだ。

 実は天気がもたないというのもある。

 昨日の晩から、遠雷が続いている。

 猛烈な寒気がいよいよ迫っているのだ。

 私はエリに、予備の防寒具を着せた。

 死体から剥ぎ取るよりも、私の着替えを着せる方がましだ。

 結局、村には皿一枚残っておらず、この集会場だけが手つかずだった。

 改めて思う。

 何があったのだろうか。

 でも、知りたいが知りたくない。

 恐ろしい話に違いないから。

 ここから早く出たい。

 今日は惑わされずに出れるのだろうか?

 エリに防寒具を着せ、その上から集会所にあった毛織物を巻きつける。そして靴代わりに、同じく拝借した綿布を切って巻き付けた。

 これで準備は終わりだ。

 自分の家は何処かとエリに聞いたが、彼女は無いと言う。

 どういう意味かわからないが、家は無く、家族も死に、何も残っていない。

 確認してから、後悔した。

 配慮のない質問だった。

 私がエリに謝ると、彼女は首をかしげた。

 静かで素直で、手を差し出すと握り返される。

 こんな子供を井戸に捨てる。

 腐った魂。

 確かにそうだ。

 男達も火を消し集会所を封鎖し、後始末を終える。

 退屈していた馬は引き出され、再び、出発を試みることにした。

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