第295話 幕間 暗き水面を視る者 ②
「北方辺境伯の方へも、そちらとは別に人を出すことになるでしょう。そうですねぇ、崩落現場の調査も必要です。
そちらはいつ頃調査処理の者を向かわせる予定ですか?」
「今の段階では、こちらは何とも。
ただ、北はこれから春まで行き来はできない。それも雪解けはこちらの夏季だ」
「北は私、出向いたことがないんですが。オロフはありますか?」
喋りながらも、相変わらず手は止まらない。
次々と書き上げられていく調書が重ねられていく。
六人分の行動記録だ。
彼の頭の中身がどうなっているのかは、誰もわからない。
ただ、彼を教育した者達は、視ることよりも構築する能力に優れていると評価していた。
オロフが一度、どんな風に見えるのか?と、聞いた事がある。
それへの答えは、わからない。であった。
そもそもコンスタンツェは見えない。
目が見えないので、見えるという感覚もわからないし、想像もつかない。
子供の頃からの訓練で、自分の周りの世界の形を覚え、学んできた。
だが、それが見える者と同等、同じという意味ではない。
なので、彼が覚えている形として、意味が浮かぶと言う。
彼が他人に触れると、意味が形となってわかる。
それは触ったことのある形であったり、覚えている言葉の形などの断片だ。
(私が誰かの中身を見ようと触れる。
すると、私の中にある水鏡に、形が浮かぶのだ。
水鏡があるとし、視やすくしている。
まぁ思い込みだな。
そして黒い色、私が考える黒い色に、文字や形が浮かびあがる。
時間や状況の繋がりのない記憶だろう。
それが正しいとは限らない記憶だ。
思い込みや勘違いもな。
感情はわからない事が多い。
どちらかと言えば、その人物の外的状況だ。
私は、それを水の中で組み合わせていく。
いらない物は捨て、欲しい情報を探す。
子供の絵合わせのような感じだ。
とても楽しい遊びだな。
そして読み取らなくとも、強い思念は視える。
狂人と呼ばれる者や、犯罪を犯した者は非常に見えやすい。
雑念の渦の中に、愚かで醜い感情の塊が湧き上がってくる。
どのような身分の者であろうと、化粧を施した美しい姿の者でもな。
腐り果てた中身を暴き、嘘や隠し事を探すのは非常に楽しいものだ。
嘘を平気でついて、それを真実と思い込んでいる者に、現実を突きつけてやるのは愉快だ。
そして隠し事を暴かれても平気な者は、面白くない。
お前や、特別審問を平気で受諾する兵隊もな。
まぁ自白拒否の施術後の者の反応を試すのは興味深い。)
審判官でも、具体的に他者の記憶を視る事ができる者は、国でも数人だ。
多くが、対象者の今現在を視る。
どんな感情考えをしているかを拾う。
当人の記憶を、視ているように搾り取り記録できるのは、コンスタンツェだけだ。
(まぁ役立つ能力ではあるんだけどねぇ〜ただねぇ〜この人も異常者っていえば異常者だしねぇ〜)
「オロフ、余計な事を考えていないで、彼らにお茶と柑橘類でも振る舞うよう外の者へと伝えてください。」
「いや俺、護衛なんすけど。コンスタンツェ様の側を離れちゃいかんでしょ」
「今動けるのは、オロフだけでしょう。
人払いしてありますが、扉から叫べば誰来ます。
それを受け取るだけです。
それともバルドルバ卿にお茶を頼ませるのですか?」
「うぇいっす」
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