第294話 幕間 暗き水面を視る者

 実に面白い。


(とか、考えているんだよねぇ。)


 オロフは窓際から離れた。

 微笑みながら報告書を書くコンスタンツェ。

 それを目の端の置きながら、室内に転がる男達を椅子に座らせて回る。

 痛みで痙攣している大きな男達に声をかけながら手を貸す。

 いつもの事ながら、オロフはげんなりとした。

 コンスタンツェが其処此処で恨みをかうので防波堤のオロフはため息しか出ない。

 職業上必要な行為で恨みをかうのは致し方ないが、原因の殆どがコンスタンツェの性格の所為だ。


(楽しんで仕事をできるのは良いことなんすがねぇ。)


 猛者でならす獣人の中でも、凶暴凶悪で顔も名もしられている男達が転がっている。

 もちろん、彼らとて同じ扱いを敵に与えられたら、とうの昔に反撃なりしていた。

 だが、相手が継承から外れたとは言え公王系譜だ。

 おまけに貴重な一級の審判官である。

 殺すどころか怪我を負わせれば、処分決定だ。

 おかげで、部屋の備品がほぼ粉々になった。

 今、コンスタンツェが使っている椅子も机も、予備の物だ。


「あ〜ぁ、壁に罅が入っちゃってるっすよぉ。

 これ盗聴防止の多重構造でお高いんですよね。まぁ俺、関係ないからいいけど」


 気絶寸前のオービスを壁に寄りかからせると、オロフは隅の椅子に腰掛けるカーンを見た。

 最初に脳味噌をかき回された男は、片方の眉を器用にあげる。


(そりゃそうか。

 コンスタンツェを縊り殺すより、安いもんね)


 そのコンスタンツェと言えば、実に楽しげに報告書を埋めている。

 びっしりと細かく几帳面な文字だ。

 目隠しをしていないオロフが書くより、実にきれいなものだ。


「で、どうなんだ?」


 カーンの問いに、コンスタンツェは肩を竦めた。


「証人が後二人たりませんが、報告書との齟齬や虚偽は今の所みつかりませんね。期待外れですが」

「何の期待だ」


 うんざりとした男の言葉に、残念です。と、コンスタンツェが返す。


「勿論、かのボルネフェルト公爵殿の最後が、こんな呆気ないとは、誰も思いませんでしょう?」

「元公爵だ」

「実は差し止めされて、未だに彼は公爵なのですよ。表向きは元、ですがね」

「何処が口を出した?」

「さぁ私の手元には、噂話程度ですね。もう少し探りたいと思っています」

「ふむ」


(あの殺人鬼の脳味噌、解剖できなくて残念すぎるぅってか。

 殺人鬼の親族とか身辺調査してるもんねぇ。

 残念の意味がねぇ〜コンスタンツェ様のほうが殺人鬼でいいんじゃないかなぁ)


 オロフは呻いている男達に飲水を配りながら、口を曲げた。


(それに旦那方から虚偽報告の証拠が見つけられなくて残念だなぁ。

 脳味噌を合法的に弄れなくてつまらないぃ〜とか。

 ボルネフェルト公爵がもっともっと変死体を出してくれたら楽しかったのに〜とか、本気で残念な事を一番考えてんだよね。)


 付き合いが長すぎて、以心伝心な自分も厭だとオロフは思った。


「何か失礼な事を考えていますね。オロフ?」

「まっさかぁ〜夕飯は肉が食いたいっすぅって考えてましたぁ」


 それはつまりコンスタンツェも護衛の思考は、特別な事をしなくても読めるという事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る