第293話 幕間 審判官 ③

「元々、自白拒否の加工が施されているんですから、普通の方より苦しいですよね。

 まぁこちらも限定的に切開していますから、しないと思います?

 多少の壊死が起きても脳機能には、さほど影響は、そうですね一割にも満たないはず?です。

 ただ、言語野部分に二三日影響があるか、まぁ許容範囲?」

「..何で疑問なんだよ」


 思わず素で愚痴るカーンに、コンスタンツェは微笑んだ。そして、


「これでも医学その他、人体に関する学問はおさめております。人体強度と修復回復可能範囲はわかっています。

 不具にする程のはいたしませんよ。」


 と、安心できない事をペラペラと続けた。

 そんな男は朗らかに拷問まがいの行為をしながら、書類に記録もとっている。

 サラサラと書き綴られている文字は、盲目とは思えない美しいものだ。


「他の方々も、薬を使うかどうか決めておいてくださいね」


 多分、代表一人で済むと思っていた男達の顔色が変わった。

 日頃、痛みに強いカーンの顔色が悪くなり、体中をおこりのように震わせている。己にその拷問が加えられると知って、途端に皆、姿勢を正した。

 厭な事は先に済ませるのが一番だ。

 他人が散々苦しんでいる姿を見ながら待つのは、最悪である。


「旦那ぁ、暴れそうになったら正気に戻すのに刺すよぉ。

 そんときゃぁ獣化だけはぁ止めてくださいよね。

 俺、がっつり旦那と殺し合うの面倒。っていうか、俺死にたくないし、審判所で暴れると処刑だしぃ」


 窓際から気の抜けた声がかかる。

 それを耳に入れながら、波のように押し寄せる苦痛にカーンは唸った。

 勝手に手が痙攣し、机の端を砕いただけで済んだのは、多分、かけられた忠告が頭の隅に残っていたからだ。

 さもなくば痛みに我を忘れて、勝手に相手を撲殺していたかもしれない。

 それに審判施設で重量獣種同士で殺し合いなどすれば、問答無用で殺処分だ。

 手が離れ苦痛が去る。

 カーンが目を見開くと、にっこりと微笑みが返る。

 確かに脆弱な人族であろうと、相手に触れるだけで脳髄を焼き潰せるのだ。獣人であろうと狂人であろうと、この男には恐ろしくもない。

 むしろ、この男を先に殺さなければ、触れた瞬間に相手は死ぬ。

 そしてこの男を殺すには、護衛の男を殺してから近寄らずに叩き斬るなどしなければならない。

 もちろん、殺すのは簡単だ。

 簡単だが、人質にしようなどと触れたら終わる。

 厄介だ。


「後、もう少しですよ」


 恨みがましい表情をどうやって見分けているのだろうか?

 感情や記憶を見られているからだけではないだろう。

 カーンの方からは、コンスタンツェの考えはまったく読めなかった。


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