第292話 幕間 審判官 ②

 相手の記憶を読み取れる。

 と、言われても、信じる気には普通ならない。

 それでも一級を名乗るには、実績が高くなければならないし、カーン達でさえ聞き及ぶ人物だ。

 ここでいう実績とは、軍規違反者や政治犯、重罪犯罪者に対する実績と獣人に対する実績があるという意味だ。

 肉体制御に優れた種族相手でも、隠し事を暴ける能力。

 例えば、三級の審判官に多い、相手の体温によって感情を読み取れる場合、肉体の変化ができる獣人相手では無意味だ。

 しかし、一級ともなれば、五感に頼る読み取りはしない。

 と、いう噂だけ聞き及ぶ。

 何しろ、今までは確実に首を揃えて提出してきたカーン達には、一級のお出ましはなかったのである。

 これが一級の特別審問の初回というわけだ。

 一級の出馬は、重罪人の尋問拷問時である。

 政治犯や稀に見る凶悪な事件の首謀者などもだ。

 中々の人気商売だが、カーン達にまで聞き及ぶ殿下の二つ名がある。


 廃人製造機


 ありがたくない渾名である。

 特に、彼の場合、職務上誤って相手を殺しても、罪に問われない。

 何しろ血統宜しい公王親族である。

 滅多に生まれず存える事なき者だ。

 体の不具合によって継承から外されているが、この特殊な能力と貴重な血によって彼は、大凡の者に従う必要はなく、また既存の法規に従わずとも良いのである。

 もちろん、育ちの良い彼が公序良俗に反する人物ではない。と、思いたい。

 特に今から脳味噌を弄られるカーンにしてみればだ。


「では、少し、触りますよ」


 コンスタンツェは、記入した書類に触り、片手をゆっくりと前に伸ばす。

 やはり何か見えているかのような動きだ。

 そうしてカーンの前頭部を長い指が掴む。


「薬はいらないとの事ですが、少し痛みと吐き気がするはずです」

「問題ない」


 記憶の読み取りの手法は知られていない。

 ただ、時々、廃人が出来上がるという噂だけが耳に入っている。

 興味が無いとは言えないカーンだが、まさか我が身で受けるとは想像もしていなかった。


「目を閉じてください」


 言われるままに目を閉じる。

 特に力を込めた様子はなかった。

 なのに、頭部を強打されたような衝撃を受ける。

 頭がぶれるのを瞬間抑える。

 圧力はコンスタンツェの指から与えられているが、触れているだけなのもわかる。

 目玉が勝手に痙攣を始めた。

 カーンは、他の部分が勝手に動き出さないように、なんとか感覚を保とうと呻く。

 言葉にできない不快感。

 頭痛よりも直接的な殴打のような痛みが、内側から奔る。

 このままだと意識を手放し、目の前の相手を勝手に殺す。というところで、手が離れた。

 一瞬で全ての苦痛が去る。


「まだ後何回か、かかりますが、薬、いりませんか?」


 元々、薬物は効かない。

 わかりきっている事なので断る。

 すると、肩で息をする男に容赦なく、再び指が触れる。

 さっきよりも痛みが増えているのは気の所為なのか。

 それとも先程の経験により、感覚に集中しすぎているのか。

 どちらにしろ、無様に泣き言を垂れ流さないように、カーンは奥歯を噛み締めた。

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