第296話 幕間 暗き水面を視る者 ③

「補足で、もう一巡、接触読み取りをします。水分をよくとってから始めましょうか。これが最後ですので、皆さん、少しの辛抱ですよ。柑橘類も摂ってください。吐き気がとまりますからね」

「俺もか?」

「いえ、バルドルバ卿は、既に限界回数を越えてますから、残念ですが諦めます。」


 諦める、なのかよ。

 読み取り終わってんじゃないのか?

 じゃぁ限界越えたら、脳味噌爆散するのか?

 と、誰も突っ込まない。

 もう一度、脳味噌をかき回しますよ。と、いう予告でそんな軽口の余裕も消えた。

 手渡される柑橘類に、強面の男達が口元を引きつらせている。

 すんません、すんませんと何故かオロフが謝りながら、彼らに手渡しているが、コンスタンツェだけは笑顔だ。

 さすが殺人犯などの犯罪者の脳味噌を嬉々として弄りたがるだけある。

 普通はそのような異常な者の中身を知りたくはない。

 だがコンスタンツェに躊躇いはない。

 異常者への関心が高く、一般の者への干渉は恥知らずであるとしていた。


(わからん)


 と、付き合いが長くなればなるほどオロフは思う。

 他人の感情や記憶を引き出して、平然と嗤う男の神経とはなんぞやだ。


(感覚が違いすぎるからなぁ。これも王様の血筋ってこと?)


「立ち寄り先から戻り次第、ゲルティア補佐官は私のところへ。

 直接関係は無いでしょうが村の少女は、そうですねぇ」


 言葉を切ると、コンスタンツェは急に笑いだした。

 室内の男達が不気味そうに、そんな審判官を眺めやる。

 一頻り笑い続けると、彼は失礼とわびた。


「いえ、面白い構図が視えまして。つい」


 それから彼はカーンに向き直った。


「この少女も私の所へ、必ず寄越してください。必ずね」


 念を押すと、相手の男カーンの鼻に皺が寄った。


 ***


 審理が一応の終わりとなり、コンスタンツェは執務室に引き上げた。

 オロフは上機嫌の雇い主が、書類を事務方に押し付けるのを待つ。

 控えに待機するのか聞きたいのだが、再び彼が笑いだした。


(気持ち悪ぃ)


 失礼な感想だが、年若く見える青年の姿でも気持ち悪いものは気持ち悪い。

 実質、混合体で長命種寄りの雇い主の実年齢は、短命種にすればおっさんである。

 それがグフグフと忍び笑いをもらす姿は不気味以外の何者でもない。


「何が面白いんっすか?」


 しょうが無いので聞くと、コンスタンツェは、まだ、いたのかという感じでオロフに向き直った。


「いえ、中央軍の洗脳に自白拒否の加工付き。おまけにオロフと同じ重量獣種の脳が視られたので」


(楽しかったんだぁ〜)


 聞かなきゃよかった。

 控えに戻ろうとするオロフに、彼は続けた。


「彼の中に障壁を見つけたんですよ。

 塊のような凍ったものです。

 洗脳でもない。

 加工のような傷でもない。

 掴み取ろうとしたら、死にそうになったんで止めたんですけどね」

「それじゃぁ」

「嘘はついていません。それでもおかしいので、関わった全員を精査しましょう。それでも拾えなかったら」


 死んでも、しょうがないですよね?


 椅子に腰掛けると、コンスタンツェは微笑んだ。

 慈母もかくやという微笑みだが、オロフから見れば偏執狂そのものだ。

 思わずぼやきが漏れる。


護衛って、いらないよねぇ」

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