第297話 幕間 首都の夕暮れ

 審判施設の後は、中央組織の軍司令部へと向かう。

 途中、神殿へ顔出すのが慣例だが、皆、一様に消耗していたので、それは最後にする。

 面倒なことは先に済まそうという話になった。

 王国軍には王都駐留の大将(軍団司令官)が置かれている。

 停戦中とは言え、未だに戦時体制のまま維持されているのは、偏に腐土という異常事態の所為だ。

 因みに、軍の編成と階級は、人族と獣人族でもとから使われた名称階級が混在している。主に兵種を示す名称は、王国以前の獣人族の言葉が使われている。

 又、獣人族の兵士とは、昔は平民の事である。

 最前列兵(徴集民兵)、第一線列兵(軽歩民兵)、第二列(歩兵ここから職業軍人)、最後列兵(重歩)などの呼称も、その頃の名残である。

 さて、中央王国軍の頂点にいる軍統括長である大将は、王都の軍事司令幕僚部にいる。

 サーレル以外は、この統括長の指揮下だ。

 サーレル・ゲルティアの籍は、元老院にある。

 もちろん、軍属であり中央軍所属だが、間諜組織の元老院からの出向という形だ。指揮下外としながらも、扱いは変わらない。

 元々、通常の軍団長には、六名の参謀将校がつく。

 そしてその内の一名は、必ず元老院からの監視員が入るのが慣例だ。

 安全弁でもあり、諜報活動の為でもある。

 カーンは、南領第八兵団の上級軍団長であった。

 降格人事などと嘯いていても、南領土の大規模浄化作戦後の一時処置である。

 本来であれば昇進するべきところを、様々な要因で自ら身を退いた形だ。故に、本来はこうした処刑人紛いの仕事に従事する事は無い。

 一時処置にて休暇中だった間の悪さと、実績がありすぎた為にこのような面倒仕事がまわってきた。

 カーン自身も休めるなどと、おめでたい事は元々考えてもいなかった。

 とは言え、休みもなく働きたい訳ではない。

 目の前の巌のような上司の姿が、無言でもっと働けと言っていてもだ。

 被害妄想ではない。

 戦時でなくとも私生活無しの男が上司だ。

 長期休暇で腐らせるような無駄はしない。

 休みは引退(階級特進=戦死)後で十分、そんなに休みたかったら永遠に休ませてやる。と、人事部に喧嘩を売っている張本人だ。

 その統括長へと報告を終え、麾下きか一同直立不動を保持していた。


「元老院の査問は、全員が帰投後。

 冬期の絶滅領域付近への探索は、調整中だ。

 辺境伯への聴取は年内中に派遣する。

 疑問点があれば答えよう。」


 低く響きの良い穏やかな声である。

 声だけを聞けば、優しい教師のようだ。

 だが、その姿はカーンより頭一つ分大きく、超重量のオービスやスヴェンよりも体の厚みがある。

 筋肉の鎧に包まれた男で、この男も重量獣種の先祖返り、尖った犬歯と猛獣の姿をしていた。


「では、マレイラ駐屯地へは、サーレルが戻ってからになりますか?」

「そうだ。待機期間は、保安部の宿舎に滞在するように」


 それに即座に了解の声が返る。

 だが、内心の不満も理解しているのか、統括はおかしげに眉を動かした。


「何か要望があれば、特別俸給の他に多少の融通はきかせる。

 補給そのほかも移動時に申請しておくように。

 あぁそれから、今月のフォリナーの店の肉は美味かった。あれも宿舎に届けさせよう。以上だ。」


 因みにアータル・ギルデンスターン統括長は、獣人王家姫君の婿養子だ。

 そんな裕福で食道楽な彼は、肉へのこだわりが有名である。

 そして部下への気遣いは、やはり肉だった。

 大量の肉が約束されたカーン達は、感謝の礼をとり黙って退出する。

 肉より休みが欲しい。と、言えないのはいつものことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る