第298話 幕間 首都の夕暮れ ②

 暫くの宿が決まったので、最後に神殿へと向かう。

 何だかんだと疲れる事が続いたが、ここまでは順調な方であった。


(荒れるとすれば、最後の査問会だろう)


 それでも大公子息の死は、速やかに隠蔽されるだろう。

 一応の仕事の終結と審判官の責め苦に疲れ果てたカーン達は、いつもより力なく王都の神聖教中央神殿へと向かった。

 王都の住宅は白い漆喰が使われている。

 清潔な街の並びに、商業地区は賑わいをみせ、王城の優美な姿を囲む貴族地区は緑に溢れている。

 歓楽街の方向は、様々な建物と豊かな様子が漏れ聞こえるし、石畳を馬や人が忙しなく行き交う。

 豊かで美しく、そして見せかけだけでも平和。

 繁栄し文化的で治安も良い。

 欠点は税が高く物価も高いこと。

 そんな久方ぶりの文明を感じさせる街並みに、男達も段々と気分が上向いてくる。

 垢抜けた女性の姿を見れば、スヴェンとオービスの二人組は、不愉快な頭痛も消し飛ぶ。

 モルダレオとエンリケは、今宵酒が飲めればそれで良しと。どこでつまみを調達するかで揉めている。

 最後の一人イグナシオは、カーンよりも先頭をきって歩いていた。

 

(早く浄財を納め、神殿で禊をしたいと思っているのだろう。

 多分だが、懺悔の為に体を鞭で叩き戒めの儀式をするのだ。

 敬虔すぎて信者どころか隠者、宗教者にでもなるのだろうか、こいつは?

 きっと神官の素養があったら、兵隊にはならなかっただろう。)


 それでも背教者に生き生きと武器を振るっている姿が浮かぶ。

 いや結局、神殿兵にでもなっていただろうと結論づけた。

 同じ異端狩りでも、異端審問官を毛嫌いしているので、イグナシオは神殿兵だろうな。

 等と、疲れ切った頭で考えつつ、カーンはぼんやりと歩いていた。

 彼も早く食事にありついて、風呂に入って寝たかった。

 それも夕暮れの赤い光りに照らされた、巨大な神殿を目にして意識を戻す。

 盛大なため息の後に、頭を振った。

 本日最後の、面倒な者が待っているのだ。


 塵掃除の後、神殿に立ち寄るのは義務ではない。

 ただ、審問部の拠点は神殿である。

 イグナシオの嫌う異端審問官組織はここが本拠地だ。

 そして粛清者の行動は、審問部にも予め話を通しておく。そして終了後はやはり報告もする。

 別組織であっても、連携も連絡もしなければならない。

 特に、処分対象が貴族や王族の場合は、義務や慣例というより根回しは神殿経由になるからだ。

 今回は大公の五番目とはいえ継承できる男子であり、本来王都から外に出る事はならない者だった。

 それが狂人に唆されたという体裁を整え、不幸な事故で死亡したという隠蔽を行わなければならない。

 面倒くさい話こそ、素晴らしい宗教家の出番である。

 こう言うと、妙に生臭い人間ばかりが集っていそうだが、実に今の神殿の上層は綺麗なものだった。

 綺麗すぎて厄介という奴だ。

 つまり、賄賂も冗談も通じないほど、真っ当な輩が頂点で指揮をとっているので、逆に厄介さが増していた。

 芯から信心深く能力の高い者が集うとは、狂信の集団の意味でもある。

 カーンとしては、多少、賄賂などが通じる人物のほうが扱いやすいと内心は思っていた。

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