第299話 幕間 首都の夕暮れ ③

 それは勿論、ないものねだりだ。

 贈賄がまかり通るような奴は信用ならない。

 やりにくかろうと、真っ当な輩は信用できる。

 宗教組織に真っ当さを求める事自体、無駄だと思っているが、それでも真っ当な輩が天辺に今はいる。

 権力者が真っ当というなら、ありがたい話でもある。


 暮れの鐘の音が響き渡る。

 この鐘の音で、王都の三重殻門の一番内側が閉じる。

 都を囲む城壁を、殻と呼ぶ。

 一番外側を外殻。

 内側の壁を内殻。

 その殻と殻はひとつの街が入るほどの距離が置かれている。

 その一番内側から順次、外側へ向かって門が閉じていくのだ。

 間を移動中の者は、そこで本日は足止めだ。

 神殿からは、鐘の音と共に、夕時の祈りが流れてくる。

 この祈りが終わるまで、目的の男は出てこない。

 少しは休む事ができるだろうか?

 カーンは、ゆっくりと神殿の白く長い階段を登る。


『...』


 ふと、誰かに呼ばれたような気がした。

 ハッとして振り返る。

 少し高台にあるこの場所からは、絶景とも呼べる街並みと、霞む王都の囲いが見えた。

 空には胸苦しい夕焼けと、影を追うように急ぐ住民の姿。

 誰も何も、彼に呼びかけてくる者は見えない。

 カーンは、暫くその夕焼けを見ていた。

 何か忘れている。

 と、彼は思った。

 思ったが、仲間が先に神殿に入っていく後に続いた。

 それまであった緩んだ気持ちが沈み消える。

 代わりに奇妙に落ち着かぬ気分に胸が埋まった。


『...』


 ***


 神殿とは神を祀る場所である。

 神像を祀らない神聖教としては、その建築物に自然の光りが入る場所を設け、朝夕と差し込まれる陽光に向けて祈る。

 神殿は4つの建物に分割され、その分割部分が採光場所になっている。

 その採光場所には様々な装飾や加工が施され、神秘的で荘厳な雰囲気を演出していた。

 天気の悪い日にはどうするんだ?

 との質問に、今日の目的の相手はこう答えた。


『雨だろうと何だろうと、自分がどう祈るかをわかっていればいいのさ』


 その祭司長であるジェレマイアは、面倒そうに続けた。


『別に、こんな豪勢な建物なんざ、主は望んじゃいない。俗物どもの満足の為さ。おかげで寄進も進むし、まぁ文句はないんだがよ。』


 ジェレマイアは神聖教本神殿の祭司長だ。

 元々、高位の貴族である。

 本来ならば祭司長ではなく、本神殿の神殿長に就任し、粛々と神聖教の長としてのつとめを果たさなければならない。

 しかし、人には向き不向きがある。

 例え神官としての能力が突出していたとしてもだ。

 真っ当であるが故に、政治やその他の人同士の機微全てに厭世的な男では、巨大な組織の運営は無理なのである。

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