第331話 豆は... ②

「呪いってのは、真面目に受け取れば受け取るほど、縛られる。

 何故かって?」


 神官は椅子の位置を枕元に近づけた。

 よいしょと丸椅子を寄せ、私と並ぶように座る。

 横並びになり天幕の出入り口を見る。

 少しだけ布が捲りあげられていて、外が見えた。

 その隙間、出入り口には神殿騎士ではなく、イグナシオの背が見える。


「例えばだ。

 俺が明日、空から豆が降ってくると予言する。

 イグナシオがそれを聞いたら、頭から信じるだろう。

 そりゃぁもう、あいつ馬鹿だから」


 あまりの言いように、出入り口のイグナシオの背を見る。

 聞こえていそうで困った。

 それに神官はニヤッと笑う。


「でだ、同じ事をカーンに言えば、まったく話を聞かない。

 冗談にもとってくれないんだよな。腹たつよな」


 それにも答えようがない。


「嘘か真実かは、明日までわからないのによ。

 さて、真面目に聞いてくれる君に、大陸一の祭司長である私が真面目にお話だ。」


 と、笑いながら彼は続ける。


「さて、人の認識できる物ってのは、実は曖昧で実際と同じではない。

 って考え方がある。

 簡単に言えばだ。

 豆が降る。と、信じている者には、鳥が飛んだだけでも豆に見える。

 そして豆なんぞ降るわけない。って者には、本当に降ったとしても見えない。

見てないはずなのに見えたように誤認する。又は、見えていたとしても、勝手に想定外の事を切り捨て見えない。そんな可能性があるって事だ。

 この法則が、呪術を説明する上では、基本になる。」


 そしてニヤニヤと笑いながら、付け加えた。


「逆に言えば、まったく信じない奴には、無力だ。

 豆は降らん、アホくさい。

 と、一刀両断する相手には無駄だ。

 どうしてもとなれば、相手の常識を打ち砕く感化の上乗せが必要になる」


 その意見には同意できない。と、いう表情をしていたのか、神官は残念そうに首を振る。


「呪術に、生贄や誇大な儀式があるのは、感化の影響を高める為だ。

 信じなくとも、恐怖や嫌悪を覚えれば、人は自ずと影響を受ける。

 本当に豆を降らせる力があれば、なおさらだ。」

「神官様は、グリモアを見たことが?」

「知識だけなら。

 現物は知らん。

 北の絶滅領域が出現する前までは、現物は正しい場所に置かれていた」

「正しい場所?」

「北の絶滅領域出現後、公王代替わり等、色々な政変と混乱があった。

 お前さんらがいなくなった頃に、多くの大切な事が消え失せた」

「消えた」

「宗教統一により呪術者も、その文化も消えた。

 君たちも馬鹿な奴らのせいで、消えた。

 私が生まれた頃に、焼き払われた。」

「政治的に、追われたのですか?」

「君は何も聞いていないのかい?」

「先程、神官様がお話していたのを聞いたのが、初めてです」

「そうか。

 過去の話は今はいいよ。

 それより今だ。

 君は見たところ、私より少し長く生きているかな。

 私は長命種なので成人しているが、君の場合は後少し成長に時間がかかる。

 長命種でも私は長生きの種になっているから、だいたい五百。

 それよりも少し長めとしてだけれど」

「成人はいくつからですか?」

「精霊種は、百二十ぐらいかな。王都に戻れば、詳しいことがわかるんだが。」


 自分でも思うより、子供なことに驚く。


「いや、予想よりしっかりした年齢だよ。短命人族で言う徒弟に入る年齢じゃないか。えっ、もうすぐ成人だと思ってた?そうか、ごめん」

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