第332話 豆は... ③

「君の家族は」

「捨て子として育ちました。」

「捨て子ねぇ」


 色々な事で、頭がいっぱいだ。


「それでだ。

 君は、ボルネフェルト公爵と同じになると思ってる。

 どうしてだい?」

「グリモアを持っているからです」


 それに神官は、大げさに頭を振る。


「それは違う」


 そしてゆっくりと言い含めるように彼は言った。


「ひとつだけ勘違いしている。

 グリモアとは、神の道具だ。

 神が与える道具だ。

 私の見立てでは、君は古い神とグリモアに約束している。

 少なくとも神と繋がる君は、グリモアの傀儡にはならない。

 わかるかな?」

「神に呪われているから?」

「神より愛を賜る者だからだ。

 そしてグリモアに魂を捧げ血肉となったと言うが、つまりそれは主になったのだ。

 敢えて言おう。

 君は愛を受けて、神の道具を持つに至った。

 己を生贄と思うか?」


 思う。


「違う。

 神が呪うとは、凄まじい事だ。

 君がこうしてここにある。

 これは呪われての事ではない。

 おや、不服そうだね。

 そうだよ。

 これは言葉のすり替えだ。

 けれど、豆は天から降るかもしれない。

 君は気がついていないだけかもしれない。

 君が見ている事、感じている事が全てではないのは、わかるだろう?

 私は断言する。

 君は生贄ではない。

 君は呪われたのではない。

 君はグリモアの傀儡ではない。

 根拠はある。

 ボルネフェルト公爵は、グリモアを神から与えられたのではない。

 盗まれたグリモアを、与えられたのだ。

 盗品を無理やり握らされたのだ。

 わかるかい?

 彼は主ではない。

 死者は主になれない。

 グリモアは、神から下げ渡されるものなのだ。」


 そうだった。

 彼は死んでいた。


「思い当たる事がありそうだね。

 彼は、呪いであろうとなんであろうと、神から与えられた訳ではない。

 君自身が言ったように、彼は神の元へと返しにいったのだろう。

 そして回帰した。

 魂の泉へと帰ったのだ。

 神殿が彼を証拠もなしに死んだと認めているのは、彼の預けられていた神殿の真名がやっと消えたからだよ。

 神殿には、人々の真名の記録があるんだよ。

 そこには真名が神言によって記載されている。

 この記載書も実はグリモアと呼ばれているんだ。

 その記載書を確認した。

 彼が異常な行動をとる前、子供の頃から死者の記載になっていたんだ。

 何で気が付かなかったかって?

 記載書を確認するなんて、長命貴族で裕福でもなければそうそう無いんだよ。

 長命種貴族は、真名の儀式を幾度もしたがるんだ。まったく無駄な事をするんだよ。

 そして今回の騒動の後に、魂の回帰を認めた。

 死んで後、順当なら数日で名前が消えるんだ。

 この話は、内緒だぞ。」

「でも私は」

「豆は、空から降るんだよ。」


 彼は言い含めるように続けた。


「イグナシオのイカれた信心と同じだ。

 信じる者は、楽園に住まうのだ。

 心安らかなる楽園に。

 豆は空から降る。

 グリモアは道具だ。

 君は生きてる。

 君は神の愛を受ける者だ。

 何も恐れることは無い。」


 確かに、ボルネフェルトも恐れてはいなかったろう。

 恐れるのは己自身だ。

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