第330話 豆は...

 少し寝ていたようだ。

 目を覚ますと、あの神官だけが側にいた。

 暖かな天幕、柔らかな寝具。

 目覚めたのを知ると、彼は液体が揺れる杯を差し出す。

 背には当て物が差し込まれているので、口元に杯をあてるだけで飲み込む事ができた。

 あの生臭い薬かと身構えていたが、口の中に広がるのは、甘酸っぱい味だけだ。


「薬じゃないみたいだろ?

 だから子供には使われないんだ。

 へたにうまくて飲んじまったら、体に悪いからな」


 確かにこれでは、子供は勘違いしてしまうだろう。

 私が黙っていると、神官は困ったように微笑んだ。


「お嬢さんは、真面目すぎるんだ」


 答えない私に、彼は杯を小卓に戻すと続けた。


「生きることを苦しいと感じている?

 明日が来ることを怖いと思うかい?

 知らない人と会話をするのに躊躇うかい?

 先を考えて不安かな。

 多かれ少なかれ、今を生きる人は、皆それぞれに不安や懸念を人生に抱えている。

 けれど、それに対して四六時中取り組んでいる訳じゃない。

 真剣に将来や人生を考えるのは良いことだ。

 だが、考えすぎては生きる事が辛くなる。

 明るい未来が描けるならいいけどね。

 大方は不安がまさる。

 そこで先ずは見える範囲、手に取れる事柄に目を向ける。

 ひとつひとつ取り組んでいく。

 堅実な方法だ。

 君も、想定外の困難に取り組んでいる。

 一人でだ。

 不思議だね。

 災厄に見舞われても、君は誰にも助けを求めなかった。

 村の人にも何も言えなかった?

 それとも村の人も周りも、君を追い出したのかい?

 それからカーン達にも何も言わなかった。

 彼らに言うのは、怖かった?

 公爵のかわりに、殺されると思ったのかな。

 君を見て、私は思った。

 君は、とても恐れている。

 何を恐れているんだろう。

 君の人生は、何でこんなに苦しいんだろう?ってね」


 彼は言葉を切ると、こめかみを指で叩いた。


「理由を考えた。

 他人の私では、わからない?

 まぁ想像だね。

 けど、外れてはいないと思うんだ。

 そうだね、君の大方の悩みは、自身の来し方行く末ではない。

 君以外の者の苦しみを思ってだ。

 君は、真面目だ。

 最初に、他人の事を考える。

 相手がどう思うか、どう感じるかだ。

 神殿に集められる子供にも多いんだよ。

 自分を軸に考えられないんだ。

 自分を肯定できない。

 これの逆も困ったもんなんだがね。」


 それから私の表情を見ると、笑った。


「ほら、私の勝手な言い分に文句ぐらい言えないと。

 それでだ、何がいいたいのか。

 普段なら、この考え方も悪くない個性だ。

 けれど事が呪いとなれば、問題だ。

 慎重で真面目、他者との協調を試みる調整型、神殿の事務方に欲しい人材だけど、呪詛を受けたら一発だ。」


 一発?


「一発命中、呪いにかかりやすいって事だよ」

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