第465話 挿話 夜の遁走曲(下)⑥
「己が器を問うか」
経緯だけなら難しい話ではなかった。
領主貴族の寄り子が、支配地で愚かな政をしていた。
そして耐えきれなくなった民衆が蜂起し、支配者を処刑。
後に扇動した者が無能だったため、統治できずに自滅。
と、いう経緯だ。
勿論、そこに色々と注釈がはいる。
まず領主貴族がウルリヒ・カーンだ。
彼の数ある支配地の一つにて寄り子でもない、王家が選んだ小貴族が強権支配をしていた。
これは無能での圧政ではない。
作られた状況だ。
どういう意味か?
そもそも土地の責任者はカーンになっているが、彼の懐には一銭も入らぬ無駄な土地である。
その無駄な土地はカーン名義ではあるが、実際は王家預かりの借地なのだ。
王家から借りたのではない。
王家が借りた土地なのだ。
借金が嵩んだ王家が利子の支払いのために、カーンの代わりに管理している。
つまり管理するから、利子を免除して欲しいという王家らしいケチな話だ。
そして管理費を作り出す為に、他貴族に貸し与えた。
それもまた、表向きの話だが。
カーンの物であるが獣王家管理の土地。
更に又貸ししているので、その借り主こそが土地本来の管理者、責任者となる。
そして王家は態々、強欲で傲慢な小貴族に土地を貸していた。
問題が起きる駒運びが、最初からなされていたのだ。
最初に問題に手をつけた者が見せしめになる罠だ。
善意であれ悪意であれ、手出ししたものを理由にして争いを始める為の罠である。
カーンが手出しをするのを待っている派閥。
カーンが手出しをせぬ事で利益を目論む派閥。
別介入で、誰が勝ち馬になるか様子見をする派閥。
そして一番質が悪いのは、カーンを表舞台に立たせようと腐心する壁蝨どもだ。
それも見越しての獣王家の采配だ。
どう転んでもカーンの
ちょっとした賭博、娯楽のようなものだ。
態と隙をみせての反抗勢力の炙り出し。
叛乱地で疫病がでなければ、それぞれに楽しめたことだろう。
さて、このような悪趣味な罠が置かれ、食い付いたのは南領東部貴族派のロッドベインだった。
カーンの従兄弟としたが、実際の血の繋がりは無い。
そして当のカーンは、貴族の義務を果たすべく軍隊にいた。
最初に知ったのは、領民蜂起が終わった後だ。
疫病が稀に見る広がりを見せ、獣王家から中央、公王へと直接助けを打診した辺りだ。
そして強欲で傲慢な貴族という餌に食い付いた者は、舞台の役者に過ぎない。
本来ならば、ロッドベインは道化として終わるはずだった。
愚かに踊り、地獄の蓋を開かねば、安らかに死ねたものを。
「皮肉な話だ。回り回って、第八が終わる。
東部貴族派の息の根も、もうすぐ止まるだろう。
オービスの家は大丈夫なのか?」
「サーレル曰く、ローゼンクラムの御当主殿は既に離反済みだそうだ。
まぁ弟のオービスがカーンと共にいるだけで、どこの派閥もないがな」
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