第466話 挿話 夜の遁走曲(下)⑦

 エンリケの言葉に、モルダレオは小さく笑った。

 オービスの姉を知っているので、あの弟の姉とは思えない小柄な貴婦人を思い出したのだ。

 そしてその小柄な貴婦人の気性は、見た目とは真逆で忍耐強く豪胆だ。

 荒廃した土地の頭領として非常に有能である。


「罠をはった獣王は死んで代替わりだ。

 あのバルナバスが王だ。

 死んだ奴らは悔しかろうよ。

 それにロッドベインは愚かであったが、叛乱謀反が成功すると思った貴族派も間違いではなかった。

 正気なれば、愚行に走らず王権は交代しただろう。

 罠が杜撰であったし、カーンが口を挟めばそれこそロッドベインに土地を譲ったかも知れない。」


 言葉を続けたエンリケに、モルダレオは笑いを消した。


「確かに、ありえなくもないか。

 真っ当な手段での蜂起ならな。

 あの糞のような東部の奴らの誰かが王になったか」

「ぞっとする話だが間違いでもない。

 だが結果は、カーンが大貴族になり、先王に嫌われ尽くしたバルナバスが王だ。」

「羨ましいと東の奴らは未だに思っているだろう」

「その点、獣王もカーンも同じ意見だろうさ。

 病に苦しむ無辜の民に止めを刺してまわり、人々を焼きすべてを灰に返して恨まれる事を良しとできるなら、いくらでもその権利を譲ってやろう糞が、とまぁこんなところか。」


 カーンの真似か、エンリケが歯を剥き出しにして言う。

 それにモルダレオは頭を振った。


「出来もせぬし、壁蝨は何も責任も義務も果たさぬものよ。

 それに大貴族となってからは、名ばかりの土地の管理もすべて取り戻している。

 バルナバスも、一番荒れている土地はカーンへ名義を変えたしな。」

「文句も出まいよ。民も誰が一番の苦役を背負ったかわかっている。

 好きで民を殺して回ると噂を流すは、東の者だからな。

 誰も彼も卑怯者が誰かは理解している。

 東の住人だとて、病にかかり見捨てられたのだ。

 焼き払い病を封じ込めたのは誰かを知っていれば、そんな口はきけまい。」

「ロッドベインは」

「何だ兄弟?」

「あの土地がどういう場所か、本当に知らなかったのだろうか?」

「ロッドベインは東で教育を受けている」


 エンリケの答えにモルダレオは首を傾げた。


「それが?」

「獣人の大貴族と呼ばれる者は、建国時の法度に縛られている。

 そして大貴族の席の数は決まっているが、東の者は当時から、その席に座る者がいなかった。条件にあわずなれなかった。まぁ知られた話だな」

「それがどう関係あるのだ?」

「大貴族になるには、兵役の年数と実績が必要になる。逆を言えば生まれは問題ではない。ロットベインは東の者として、この常識を知らぬのではなく、納得できなかったのでは?」

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