第665話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前①
注)過去作加筆部分に付き、挿話下部分・前後編を複数話に分けております。
***
ボフダン公爵との面会は簡単に終わった。
簡単に終わったようにイグナシオには見えた。
公爵の湾岸に置かれた主要領都では、到着から受け入れ、面会要請などが、ごく普通に行われた。
対する公爵の兵士でさえ、中央最新の兵装に注目はしたが、中身の人種はどうでもよさそうであった。
ここまで対応が違うと、ある意味、東全体の歪な状況がよく分かる。
当たり前の話だが、東公爵領が抱える潜在的な危機、自治問題の原因を、
精々、悪者を作り出し不満の捌け口を作ったところで、貧困も飢えも消えはしないのだ。
現実に、その悪者が税を取り立て、苦役を科している訳では無いのだから。
そんな嘘を信じているのは、耳目を封じられ仲間内でも差別し合うような暮らしにいる者だけだ。
例えば、シェルバン人のように。
彼らは獣人を蔑むが、同じ長命種どうしでも格付けがあるらしい。
更に、女、子供、働けぬ者、老人なども下に見る。
こうなるとコルテス人にしろボフダン人にしろ、表面上は手を取り合ってはいるが、内実では不信感しか生まれない。
純人族主義とは、誰が作り出した幻想なのか。
突き詰めれば、公王という混合体を否定する論旨なのだ。
「狂人の統治に理屈なしか」
ボフダン公との一応の挨拶後に、所々の会談や歓待の宴の予定が組まれた。
今は公爵の饗しと所々の政治調整、つまりお返事を待つ間の暇つぶしにと迎賓の館に一同は通されていた。
一同、武装のままに館一つに通され、饗しを受けている。
出入り自由、公爵の城に連なる館で、東の巨大な港湾が見下ろせる山城である。
すべてが順調というより、ボフダン公爵側は、鎖領当初から中央の連絡を待ちに待っていたのだ。
故に、武装集団に対しても、公爵との面会を急かすほどだった。
「鎖領といいましたが、どちらかというとシェルバンとの行き来を閉じる目的だったようですね。船の航行、略奪によって貴重な船方などの技術職が殺されるのを防ぐのが目的だったようで、いやはや国内の事とは思えませんね。」
「ボフダン人も攫われ殺されているとはな。気狂い共が」
つまり、隣人の行き過ぎた思想こそが問題であり、所々の問題、領土問題に至るまで、その迷惑な親戚の方が本当の害悪という訳だ。
ここでいう親戚は比喩ではない。
東三公爵は、元は同じ氏族。
発祥地は大陸西。
つまり、親戚親族同士なのだ。
手を取り合って東に移り住んだであろう先祖が同じ氏族達。
それが今では暗闘を繰り返す、自称人族主義者の仲良しの国だ。
自称だ。
被害の総数が増える民草の方が、現実を知っている訳だ。
獣人兵士は恐れないが、隣の領地の兵士は仲間ではなく犯罪者の群れなのだ。
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