第596話 夏の空に言葉を喪う ②
『獣人が本能的に擬態を解く時は、理性が焼き切れる程の感情に支配されているからなんだ。
だって、そうじゃない?
誰だって自分が殺されそうになったら、頑張るでしょ?
わからない?
君が死ぬ。
それはこの男にとって、自分が死ぬって事なんだ。
自分の愚かしさで、君が死ぬ。
魂が繋がる君が死ぬ。
自分の腕の中で、君が血反吐を吐いて冷たくなる。
そんな事は耐えられない。
君とこの男は、金貨の表と裏なんだ。
同化した魂は、双子のようなのさ。
片割れが死ぬと、同じだけの恐怖と痛み、それに憎悪に支配される。
まぁその感情が絶対って訳じゃないけどね。
でも、まだまださ。
まだ、たりない。
供物の女、可哀想なお姫様、一人ぼっちのオリヴィア。
まだ、駄目だよ。
その為に僕は、僕たちは一緒にいるんだ。』
笑い声。
たくさんの笑い声。
『さて、慈悲深き森の民よ。
君はまだまだ幼く、その命、己が人生の価値を低く見ているよね。
君の命。
その存在を生かす為に、多くの犠牲が払われたとは思わないのかい?
君は自分だけで生き残ってきたと思っているのかい?
君はね、多くの犠牲の末に生き残った命なんだよ。
宮の主が縛る理由を考えてごらん。
君はもっともっと、自分の命を惜しまねばならない。
それは卑怯でもなんでもない。
与えられた幸運をつかもうと、もっともっと無様で醜く足掻かねばならない。
なぜなら、それこそが犠牲に対する礼なのだ。
わかるかい?
ここで君が捨てるのは命ではない。
だから、内緒で口利きをしてあげよう。
不死者の王が作り出した、罪の残滓に。
中々、皮肉な状況だしね。
ここに偽物を歩ませる彼の冗談に、僕たちそろって大笑いさ。』
罪の残滓?
偽物?
『さぁさぁ内緒で、狡い手を使おう。
今度の客は、中々に狡猾だからね。
さて何を支払いにあてようか』
支払い?
『そうだ。このままじゃぁ敵わないだろ?
でも君は、この偽物を滅ぼしてはならないと知っている。
これは正しい道筋で描かれた術だ。
今は穢されて荒れ狂っているけれどね。
ではどうするべきだと思う?
答えはわかっているだろう?
簡単な話、許しを乞うんだ。
もちろん、君の命以外でね。
君の命の支払いはまだ先だ。
なら、今、支払いをするのは誰だ?
彼ら自身に支払わせるのがいいさ。彼らの命も天秤に乗っているのだからね』
それは駄目だ。
『なぜだい?
君の命なら良いという理由を教えてよ。』
私が、彼らをここへと歩ませたのだ。
『それはおかしな理屈だね?
誰の命を乞うんだい?
誰の命を許して欲しいと願うつもりだい?
助かりたいなら、本人が支払うべきじゃないか?
違うかい?
さて、彼らを拠り所に交渉をしかけようか。
なに命まではとらぬし、少々不自由になるぐらいだ』
駄目だ!
私が招いたんだ。
私が知りたがった。
私がひとりで
『ひとりで?
ふふっ、おかしいね。
本当に、わかっているのかな?
まぁいいさ。
君が望むなら、別にいいよ。
そうだね。
君は、とてもいいこだ。
僕はね、そんな君が嫌いだけど、好きだよ。
理屈をこね回す女の子。
理想と現実の区別ができない愚かな子供。
人の痛みばかりを気にしているのは、君がひとりぼっちでさみしいからさ。
君の寂しさに誰が手を差し伸べてくれたかな?
君の犠牲を誰か気にかけてくれるかな?
きっと感謝はされないよ?』
感謝などいらない。
私から、持ち去れ!
『馬鹿な子だね。
しょうがない。
じゃぁちょっとだけ不自由になるけれど。
君の声をもらおうか。
君はもう、可愛らしい声で喋る事はできない。
かわりに君が不自由しないように、魂を深く結びつけよう。
今よりも、もっともっと深くね。
さて馬鹿が正気を喪う前に、意識を戻すよ。
ほら、目を覚まして。
君は成すべき事をするんだよ』
オリヴィア、可哀想な供物の女。
でも、本当に可哀想なのは、誰だろうね?
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