第650話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 上 ⑥

 炭と化し、黒煙をあげる砦を後にする。

 シェルバン奥地へ向かう街道からは、誰も現れなかった。

 誰も気が付かない。

 等という事はありえない。

 派手な焚き火をしているのだ。

 材料も無く判断するのは間違いだが、どうも厭な予感を覚える。


「貴方のお告げではありませんが、厭な予感がしますね。

 それに私、慈善事業は嫌いなんです。

 ここからは街道を外れる事を提案しますが、よろしいですか?」


「俺のお告げではない。

 神のお言葉だ。

 まぁ誰が考えても悪い想像しかできんしな。

 人里を外れて森を突っ切ろう。

 最短距離を進むと思えば、その方が時間の節約にもなる。」


 集落はすべて迂回し、薄暗い森を中を彼らは駆けた。

 しかし、街道を外れたとしても、結局は領境にある比較的大きな関所街を越さなければ目的地ボフダンにはたどり着けない。

 その関の手前、森の際で野営をする事に。

 煮炊きの必要がない、携帯食を腹に詰め込む。

 馬の世話をし、武器の手入れをし、睡眠を交代で取る。


 イグナシオが眠りから覚めると、夜の闇に雨が降っていた。

 天幕は張らずに、木々に身を寄せている。

 馬に雨よけを被せ、自分達も防水布を被る。

 比較的、暖かな夜なので、体温調節の自由がきく彼らには、それほどの苦痛ではない。


「様子は?」


 関の警備状況を見てきたのか、サーレルが闇の中から現れた。


「さぁ特段、注意すべき点は無いかと。まぁ普通?でしょうかね」


 ここで言う普通は、貧相なシェルバンの防衛水準を指し、ゴリ押しで突破可能という意味だ。


「確認ですが。

 伝令旗を掲げて、礼儀正しく向かう。

 夜陰に乗じて監視塔を破壊し、追手を釣り出して情報源にしながら進む。

 適当に煽りちらしながら捕虜を獲得しつつ、正面から乗り込んで焼き払う。

 どれにします?

 私的には、どうせ破壊するなら正面からでもいいような気が」


「何故、破壊前提なんだ」


「どの口が言うのでしょうか、胸に手をあててみては?」


「知らん。

 まぁ正当性を主張するなら、正面から正式に関を越える手順を踏むべきだろう。

 相手の出方次第だな。」


「まぁ追手がかかるとボフダン側も対処に困るでしょうしね」


「面倒だな」


「本音は焼き払うのに面倒だからですか?」


「正当防衛とやらにしたいんだろう?だから、面倒だという話だ」


「もちろん、我々は中央からの正式な伝令ですからね。手出しをしたほうが悪者ですからねぇ〜」


「その口調を止めろ。イラッとくる」


「はいはい、これは本心でいいますが。

 あの関には非戦闘員も暮らしています。

 選別して戦うのは難しいでしょう。

 出来る限り、我々からの手出しも焼き払うのも控えめでお願いします。」


「俺は、何処の狂犬だよ」


「じゃぁ夜明けの開門を待って移動です。皆も聞きましたね」


「起きたら、続きな」


 それに寝る用意をし始めた男は振り返った。

 サーレルの訝しげな表情に、イグナシオが思い出させようと言葉を継いだ。


「感染条件だ。長い話なのだろう?」


「あぁ、それね。

 偵察の前に少し寝たので、大丈夫ですよ。

 今、話ましょう。

 仮眠をとる者以外も、ちょっと耳に入れておいてほしい。

 ブランド上級士官(注・エンリケ)からの報告です。

 医務官としての見解ですので、今後の行動に役立ててくださいね」

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