第651話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 上 ⑦
サーレルは手近の木に寄りかかると、気軽な調子で語りだす。
この男の気軽さ、軽薄さを装う時は、大体が厭な話の時だ。
笑いながら話し出すなぞ、さぞきな臭い話であろう。
そして今回も半笑いでヘラヘラと言い出した話しは、先行きを昏くするものであった。
「簡単な言葉に言い換えるのって難しいですねぇ。
まぁブランド上級士官が言う難解な単語を省いて言いますよ。
彼らは元々人間です。
野獣でも未知の生物でもありません。
得体の知れない寄生虫によって、体内の組成、つまり元から変化してしまった者達です。
彼らは我々同様の肉体変化をする。
もちろん、我々のように体を元に戻す事はできません。
我々の擬態を解く仕組みとは、違うという話ですね。
つまり、彼らは我々と同じ獣人種ではありませんし、混血も除外していいそうです。
彼らのような変異が、我々獣人種にも及ぶのかは、今のところ不明だそうです。」
「病なのか?」
エンリケの問いに、サーレルは片手の人差し指を振った。
「整理しながら話しますね。
まず、前提として、我々と同じ獣人ではない。
獣人が変化したのではなく、マレイラ人が変化した姿です。
今のところ、東にいる他領地の者で変異者が出たとは報告無しですね。
獣人の血による肉体の異常、狂化とは異なります。
しかして狂化と今回の変異はとても似ている。
獣人の病とするなら、同じ経過、同じ症状でしょう。
半死で腹から虫は飛び出しませんが。
ですが獣人を知らぬ東の者が、獣人の所為だと取り違えるのは、仕方がない事でした。」
「中央に報告した張本人が何を言ってるんだ?」
「仕方がないとは思いますが、愚か者を許すとは言ってませんよ。
私、とても心が狭いんです。」
「知ってる」
「失礼ですねぇ〜まぁいいでしょう。
注目すべき類似点は、肉体の修復再生速度です。
また、痛覚遮断と肉体強度を高める事もですね。
任意の再生、強化ができるという事は、非常に厄介でもある。
つまり普通の人族の兵士では喰われて終わりですね。
これまで通過した関が証明しています。」
「狂化した者を殺せるのは大型獣人だけ、か。
変異者も同等の戦闘力なのか?」
「戦闘技術が底辺でも、野獣は厄介です。
知能が低いとは保身する考えも無い。
もちろん、あのような低能で醜い生き物と我々は同じでは無い。
落ち着いて対処すれば、恐れるような相手ではありません。
ただ、伝染る病だとすれば、慎重に対処せねばなりませんが。
これもまぁ先に言いますが、感染率は低いでしょう。
それに我々は人肉を欲して襲いかかるような獣になるなら、仲間が殺すでしょうしね。
それこそ己がおかしくなるぐらいなら、貴方なら死体も残さず焼死を選ぶでしょう?」
「今更だ」
「それに我々は如何に狂化したとしても、仲間を喰おう人を喰らおうとはしません。
そこが一番の違いですね。
まぁ、飢えた場合は除きますが」
「俺は食わん」
「私は死にそうだったら、ちゃんと供養して食べますよ。
私、好き嫌いしませんし。」
「罰当たりな事を言っていると、本当に神罰が下されるぞ」
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