第701話 帰路にて ⑬
「親しい人たちを奪われて、良い感情は覚えない。
今の王であるランドール公王陛下が、幼年で多くの支持をもって擁立されたのは、この事柄が理由のひとつなのです。
貴族達も、王の無体に内心は賛同できなかった。
北には、貴女の種族も暮らしていましたからね。
貴女の種族、精霊種を蔑ろにし侮辱をした事に、神殿でも大きな変化が起きました。
前の王の支持をしていた神殿の者達は更迭、つまり権力を失い、多くがランドール公王陛下を支持する事にしたのです。
理由は、この国の国教、神聖教の神言が、精霊語だからです。
精霊語とはつまり、貴女の種族が伝えた言語ですね。
神聖教、神の言葉を伝えたのは貴方の種族になる。
その精霊種を人の王が迫害したのです。
恐ろしい罪です。
精霊種とは、神から与えられた言葉を体現する者。
神に近しい人である精霊種は、長命種の上にある種族なのです。
本当かどうかは別だから安心しなさい。
貴女が神様だという話でもありませんよ。
これは歴史としてです。
精霊種は今の人より先にあった。と、いうお話です。
さて、貴女の種族は、今の人よりも先に文明を担っていました。
そこに仲間に加わったのが、今の人間です。
だから貴族で自分は偉いのだと、ふんぞり返る者だって精霊種は父母の如く敬わねばなりません。
文化文明を作り上げた人だからです。
今の宗教も貴女達から始まった。
その教え、命を支える神の使いとして、貴女方はあるのです。
我々よりも先にある人。
最初の神の子と神聖教では定められている。
つまりは貴女方を蔑ろにするは、背教者なのです。
バルドルバ卿、神学はきちんと学びましょうね。
この国の政治には、この神学こそが重要になってくるのです。」
「だが、そんな話はとんと聞かねぇ」
「精霊種を追い詰めない為ですよ。
ひとりふたりと残った方々を追い詰めて、義兄に貢ごうとする愚か者が今だにいるのですから。
ましてや、熱心な信徒が知れば内戦が起きますよ。
良い悪いは別にして、生き残りが心安らかにいられる訳もない。」
「確かに、理解した」
「今の神殿が、ランドール公王陛下と親密な関係なのは、過去のこうした経緯があるのです。
貴女自身が、辺境の生まれで何も知らぬ、関係が無い。
と、考えていたとしても、多くの信仰を持つ者からすれば捨て置けぬ存在だ。
誰を頼りに身を寄せるか、考えねばならぬとわかるでしょう。
誰の手をとるか、誰を信じるか、貴女が生きて安らかに暮らすには、選ばねばならぬのです。
さて、私の嘘のお話は、少しは為になったでしょうか?」
ふすっ、と、テトが鼻を鳴らした。
カーンは沈黙し、私は知らされた嘘という昔話を考える。
「長命種で王都の人間ならば、当時を知る者は多いでしょう。
敵味方を分ける事は難しいですが、今の神殿は中庸な考えの神殿長が治めています。
治めていますよね?」
「当代はかわりねぇよ」
「彼は代替わり後に、対立者を一掃しました。
彼を信じるとしても、神殿の意向だけを重んじるのはすすめません。
理由は..これも貴方ならばわかるでしょう。
人を善悪、白黒で分ける事は無理だからです。
敵対者を駆逐する?
誰が敵なのでしょうか?
私も含めて、人種や立場だけでは判断できない。
対する相手の為人、そしてその人自身を取り巻く事情を鑑みなければ判断できない。
それでもまぁ、あの方もいらっしゃるのですから、一応は神殿派閥は安全としましょうか。
ですが、それでランドール殿に知らせぬというのは悪手なのです。
隠すという段階は過ぎている。
神殿が知り、貴方が彼女を抱えている。
東の人間の私が見ても、非常に危険だとわかるのです。」
「なぜ、そう思う」
「貴方が知らぬことがたくさんあります。
過去であり今に続く、さまざまな嘘です。
そして姫自身も、たくさんの知らぬ過去がある。
敵の只中にいるとして、何も知らぬとは、死に繋がるとはおもいませんか?
そして一番、この状況を知る権力者は誰でしょう。
正しい人ではありません。
しかし、姫を殺すという選択を絶対にしないのは、義兄だけです。
私は殉教を強いる者達が嫌いです。
私のような支配者も信じられない。
皆、残酷で利己的だ。
まぁ私が貴方を知らぬというのが、一番の要因ですが」
「獣人は信じられねぇか」
「私が人種如きで判断すると思いますか?」
「口実にはしそうだがな」
「これは褒められているのでしょうか、姫?」
「どうとったら褒めたことになるんだ」
「人間性は最低ですが、政治家としては素晴らしいと」
褒めてはいませんが、仲がよくなったんですね、旦那。
「..そんな訳ねぇだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます