第66話 蝶 ②

 居場所がない。

 と、感じているのは、私の心の問題だ。


 領主は私を教育し、爺達は狩人の仕事を教えてくれる。

 彼らは私に色々と手渡そうと苦心していた。

 知識と経験を渡そうと。

 まるで何かに追われるように、私に伝えようと。

 ここはお前の居場所ではない。と、思うぐらいに。

 皆、知っているのかもしれない。

 私が知りたくないと思っているから、黙っているのかな。

 優しくて寂しくて。

 でも、私は知りたくない。

 誰も言わないのは、きっと理由があるから。

 この森の奥の秘密と私の秘密は同じだ。

 皆、知っているけれど知りたくない。

 秘密を暴いたら、全てが失われてしまうから。

 わかってしまったら、村の皆がつくってくれた居場所を失ってしまうから。

 でも、人の優しさを信じる度量がないなら、居場所なんてどこにもないのだ。


 こんな私が求める物なんて、小さな事だよ。


 親は迎えに来なかったけど。

 私は居場所が欲しい。

 誰かの心の中に。

 私と一緒に生きて、手を取り合ってくれる人が欲しい。

 家族が欲しい。

 誰にも言わなかったけれど、一人は、寂しかった。

 誰かの家の子になりたかった。

 親兄弟、肉親の情を知らない自分は、いつもいつも羨んでいる。

 ただ、寂しいなんて言わない。

 自分を憐れむつもりはない。

 だから多分、孤独なのかな。

 こんな私が誰かを欲しがったら、愚かで空恐ろしい執着をすると思う。

 自尊心が高すぎて、惨めな自分を認められず頑なで。

 素直に愛する事を認めずに、相手から愛を得ることばかりを考えて。

 でも、それも頭の中で思うだけ。

 私は、とても怖がりだ。

 生きる事は怖い。

 知る事も怖い。

 傷つくのが怖い。

 不完全で小さな私。

 本当は、優しさも愛も私の中には無いのかもしれない。

 私は、情けない奴だ。


 ***


 或る日、一人の少年が死んだ。

 そして...


 誰かの笑い声がする。

 温かい午後の陽射しに目を細めた。

 静かだ。

 館を歩くと、そここに骸が転がる。

 美しい館には、花が飾られ、麗らかな陽射しが満ちている。

 私は南側の庭に面した部屋に向かう。

 私の大切な人がいるから。

 美しい庭が見える部屋には、愛しい人がいる。

 並ぶ姿は、順序よく。

 私は悲しむべきだろうか?

 午後の光りの中で考える。


 チリン、と鈴が鳴った。


 宮の底、主は水鏡を覗き込み笑った。

 人の命の綴織つづれおりを。

 数奇な運命を呼び寄せたのは、小さな鈴の音であった。

 主は、久方ぶりの慈悲の到来に、笑う。

 憐れな娘の行く末に。

 愚かな者共の醜さに。

 さてもと、再び水面に指を浸す。

 罪人の顔は違えども、同じことが繰り返された。

 知らずに同じことが繰り返された。

 これにより一つの術が完成する。

 遥か昔の約束事の、見失っていたはずの蜘蛛の糸が繋がった。

 執念の先、遥か昔の間違いを、小さな花が繋ぎ止める。

 あっぱれと言うべきか、異界の主は娯楽を前に、静かに笑った。

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