第67話 本性

 暁の空と泥にまみれた石壁と草木。

 誰かと一緒にいたのを覚えている。

 それを手にした時から、闇の中だった。

 けれど開いてみれば、それは優しい言葉をくれた。

 色々な話をした。

 寂しい時、辛い時。

 いつも話をした。

 わかっている。

 これは自分を壊す物だ。

 でも、元からどうする事もできない。

 彼も同じだ。

 けれど、彼は気がついていなかった。

 元から、彼は理解できなかった。

 彼女の声は、歌だから。

 その声も、聴こえぬ様に邪魔をする奴の叫びで絶えだえだ。

 それも何れ、見合った罰を与えられるだろう。

 私は、悲しむべきか?

 憎むべきか?

 偽りを正すこと。

 私の復讐など、意味がなかった。

 偽りを正すために、指し示されたのは、微かな血の道筋。

 では、私は、還ろう。

 彼の思惑通りにはならず、私と同じ器を連れて。

 さぁ、還ろう。

 微かな繋がりが目覚めるように。

 因果を紡ぐ糸車が回るように。


 チリン、と鈴が鳴った。


 ***


 暁の空の下、惨めな子供を見下ろして笑う。

 成功したぞ。

 私はいつも間違わない。

 元から、私と他は違っている。

 偉大な私と愚かな者どもとの違い故に、齟齬が出るのだ。

 他人に合わせる事はできたが、理解は遠かった。

 悩む事もなかったが、不快ではあった。

 特に、命の大切さを説かれると、不思議で仕方がなかった。

 命が大切なのはわかる。

 自分を大切にして、命を守るのもわかる。

 だが、大切だとして、それが自分を優先してはならない理由になるのがわからない。

 私は自分の命を優先した。

 それは自然な事だ。

 私は他人より優れているし、強い。

 だから、弱いものが死ぬのは、自然な事だ。

 それは雑草や虫も同じだ。

 死は、普通の事だ。

 誰の命が重要か決めるのは、誰が強くて役に立つかではないのか?

 人も物も、死ぬか壊れるか。

 大切だとしても、それが自分を譲る理由になるのがわからない。

 私は重要な役目を持っている。

 だから、多くの人々が、私に恭順している。

 私の命は、彼らより大切で重要だから。

 彼女と彼女の夫は、いつも私に説く。

 他者の命を大切にし、自然に生きる物をやたら殺さず、手を取り合って生きろと繰り返すが。

 よく意味がわからない。

 思いやりとは、自分を守る為の偽りだと思う。

 仲良くしろというが、それは身を守る為の妥協だ。

 それに私はいつも譲っている。

 本当に欲しいものを取り戻そうとしたら、邪魔をするじゃないか。

 命は大切だ。

 だから、取り戻さなくてはならない。

 なら、邪魔者は殺してもいいはずだ。

 だって、私は...


 ***


 答えはいつも側にある。


 手の中にあるそれは、命でもなければ物でもない。

 継承者以外が手にすれば、それは狂気と破滅を与える呪いそのものだ。

 そして、愚か者に囁くのだ。

 間違った道を選べと。

 間違った道を選び、滅びろと。


 奪い取った男は、善き人の部分を失い、泥になった。

 与えられた子供は、悪しき人の部分を背負、生き腐れた。


 鈴の音は聴こえない。

 魂は喰われた。

 残ったのは、歪な願い。

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