第852話 モルソバーンにて 其の三 ③

 それは同じ意味に聞こえた。


(難しかったかい?)


 聞き慣れた少年の声がした。


(僕は、死霊術師のボルネフェルト公爵だった。

 正式に名乗れば、僕は死霊呪術師のディーター・ボルネフェルトだね。

 つまり僕は極悪非道の人殺しではあるけれど、魔導士なる輩ではない。

 同じ人殺しなのに、何が違うかな?

 この違いが、オラクルのグリモアと彼等のグリモアの違いだ。)


 同じく魔導書を使うのか?


(そうだね、同じ道具を使っているね。

 構造は同じだ。

 じゃぁ何が違うかな?)


 わからない。


(良い答えだ。

 善悪論を持ち出さないだけ、君はよく理解している。


 呪術も魔導も同じくグリモアと呼ばれる道具を使う。

 故に、結果だけを見ると同じに見えるだろう。


 構造が同じ道具だからね。


 さて、具体的な例を出そうか。


 この僕だ。

 ディーター・ボルネフェルトは半不死、不完全なる者であった。

 故に、死を迎えれば理に戻る。

 この世を支える熱に戻るのさ。

 僕の罪業は関係がない。


 これが呪術だ。


 では、彼等はどうだろうか?

 魔導の種を喰らった者共や、災厄を振り撒く愚か者どもは?

 彼等は死を迎えても、元には戻れないだろう。

 そう、戻れない。

 理に沿わねば、不完全な死をも得られないだろう。)


 何故、こんな話を?


(もう一つ言っておこう。

 鎮護の道行きを敷いた不死者の王は、完全なる者だ。


 僕とは違うね。


 彼は完全なる者だけれど、オラクルのグリモアを必要としていない。

 何故なら、彼は理に力を縛られていないからね。

 じゃぁ不死者の王は、グリモアをもっていない?

 持っていたとしても、使う必要も無いだろうね。

 彼の存在自体が、完全なる調和を描くからさ。

 わかるかい?

 彼は元々、自ら望んで理に従っているのさ。

 では、彼等は?)


 彼等?


(見てきただろう?)


 よく、わからない。

 けれど、これは警告だ。


(よく考えてほしい、供物の女。

 供物の意味を。

 そして僕たちが邪悪だとしても、理の中にある事を。

 よく考えてほしい、僕たちは敵かな?

 理を守る意味を。

 よく考えて


 君は答えを知っている。

 君は僕なのだから。

 君は理解している、オラクルの詩を歌うのだから。)


「オリヴィア」


 詮議は一旦中断しているようだった。


 残るは人別と照らし合わせるサーレルと公爵、兵隊達の姿ばかりだ。

 目立つ武装勢力も見当たらず、更には簒奪者らしき者共が気狂いである。

 荒廃ぶりも去ることながら、杜撰な行動をする官吏達も支離滅裂であった。

 公爵の眉間に、珍しくも皺がよっている。


「大丈夫か?妙な物は増えてねぇよな」


 動かぬ私を、白い瞳が覗き込んでいる。

 そこには、ぎこちなく笑う私がいた。


(君は僕。

 詩を歌う者。

 呪いの詩を歌う者。

 死者と共に、弔いの詩を歌う。


 花の種をまいたのは、魔導士どもだ。

 彼等は罪人を探しているのさ。

 同じく滅びを与える為に。

 贖罪の為に。

 きっと彼等の道行きには、可愛らしい花が咲いているんだろうね)

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