第853話 モルソバーンにて 其の三 ④

 アーべラインが意識を失い眠りにつくと、多くの使用人が解雇された。

 抵抗する者達は、いつしか消え失せる。

 それでも、まだ生きている彼の為に、世話をする娘がひとり残された。

 元は下働きの娘である。


 アーべラインの家族とはそれなりに面識はあったが、氏族ではない。

 彼女自身は他所の土地産まれの短命人族種。

 館にて雇われてはいたが、アーべラインの孫の襁褓などを洗い、乳母に渡す等していた下女である。

 彼女が氏族長の世話をするなど、本来はありえない話だ。

 それでも古参の家令が消え、侍女が消え、下女の古株の老女が街に下げられと誰も彼もがいなくなった。

 娘が下働きから、世話係に命じられたのではない。

 誰もいなくなったので、残った娘がアーべラインの世話をしていただけだ。

 そう、娘は主の側にて過ごし、目立たぬようにと潜み暮らしていたのだ。

 館の中、街の中、息を潜めて、主の世話をし、身を潜めていた。


「そんな事が可能だったのも不思議だ。

 それに、どうしてだね?

 どうして、残ったのだ?

 恐ろしいと思っていたのだろう?」


 公爵の前でひれ伏す娘。

 彼女は下を向いたまま、答えた。


「目につかなければ、彼等は動きません。

 消えた方々、辞めさせられた人達は、お館様を心より心配していました。

 愚かな振る舞いに対して、諌めてもおられました。

 私のような者には、注意を払う事はなかったのです」


「消えたのは、反抗したからかね?」


 どこまでも優しい声音に、娘は下を向いたまま頷いた。


 殆どの者を拘束し、やっと会話が成り立ったのが、この娘や下働きの料理人等だけだった。

 それも皆、恐れて口を開かない。

 彼女が答えるのは、家族がおらず、このモルソバーンからの放逐も覚悟しているからだ。


「だとしても、何故、逃げなかった?」


「領兵の方々も戻りませんでした。街から逃げても、死ぬでしょう」


「戻らない、撤収理由は?」


 娘に言い渋る様子が見えた。


「何を申しても咎めぬよ。

 嘘だと咎めはせぬ。

 恐ろしさから嘘を申しても、真実は私の方で見極める。

 なるべくなら、何があったのか本当の話を聞きたいがね」


「何があったのか、本当の事を知りません。

 ただ、領兵の方々はいつもどおり、お勤めをされていました。

 土地を巡回し、諍いや不審な事が無いかと見回っていました。」


「何かが起きた」


「人が消えるのです」


「消える?」


「兵隊も消えるのです」


「詳しく」


「奇妙でした。

 狩りに出た者が戻らない。

 遊んでいた子供が消える。

 行商人がいなくなり、荷物だけが残っていた。

 それを探しに行ったり、助けに行った兵士も戻らない。

 皆、戻らないのです。


 肝心のお館様は寝たままです。

 上の方々も、おかしい。

 領兵の方々の数も減り、本拠地へと助けを頼みました。

 でも返事は無かったそうで、仕方なく、まとまった数で砦へと向かわれる事に。

 それ以来、音信はありません。

 お館様が寝付かれて三月程の事でした。」


「..それで?」


「はい、そこで許される事ではございませんが、街の者で自警団をつくりました。

 それも街の中だけの事です。

 外へは出ずに、なるべく街に人を留めました。

 連絡を取ろうとして人を失うよりも、助けを待つ事にしました。

 それもここ数ヶ月は、商人の訪れも途絶えました。

 皆、不安で恐れていました。」


「関には行かなんだのか?」


「関に行く事を禁じられました。

 つい最近、補充の三公領主兵がここを行き過ぎましたが、官吏の方々が、訴え出る事を禁じられたのです。」

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