第851話 モルソバーンにて 其の三 ②

 アーべラインの一族は長命種だ。

 コルテス宗主の血に連なる者である。


 病に強いとされる、獣人と長命種。

 その長命種に寄生する虫が変異し、重大な影響を及ぼしている。

 現在の管理可能と判断している要因の一つが、感染条件の限定がある程度立証されているからだ。

 その根拠としては、感染者がシェルバン人に限定されている事がある。

 長命な人間の中の、シェルバンという血筋という意味だ。

 これは名や産まれの違いではない。

 長命種は単一種とされているが、西発祥の長命種はその氏族によって種族差が生物学的にあるらしい。

 簡単に言えば、社会的に近似種である為同じとしているが、厳密には生物として違うという意味だ。

 実際にこのオルタスにおいて、厳密に生物分類をするときりがないという話だ。

 では、その同じ西発祥の近似種であるコルテス人にも感染し、更には他の長命種にも発症する可能性があるとすれば、東マレイラ全住民に対する浄化作業が現実味を帯びるのだ。


 ***


 私はカーンの側で静かにしている。

 アーべラインの寝室から出て以来、胸が苦しい。

 胸が重く苦しいのだ。

 身の内の者共が、私を掴んで揺さぶり続けているからだ。

 脳髄を揺らし、私の意識を呑もうしている。

 彼等が、いつもの少年の声ではない。

 もっと多くの雑多な声がする。

 奥歯をくい締め、その呼びかけに耳を傾ける。


(我の声を..我らの言葉を)


 今は館の中の人が集められ、一人ひとりを改めている。

 その調べがつけば、それを街全体に広げていくのだ。


(我はグリモア、オラクルが望みし力也)


 街の取りまとめ役の数人も、館に呼び集められていた。

 私は一番安心できる男の側にいる。

 静かに側に控え、意識を内側に向ける。


 この呼びかけが、伝わらぬように。

 心を揺らさぬように。


(主の導きにより、力を戻す)


 呟きは、今までとは違っていた。

 無機質で、人らしさの装いが無い。


(オラクルとは神の求めし定めである。


 故にグリモアは秤でもある。

 定めの秤にて幾度も、幾度も試された。


 主がここに在るは、その定めの一つである。

 一つが望みを求めた末の事である。

 一つが望み、多くが失われた事による。


 過ちだ。


 その過ちに人は、何を返したか?


 二つの意思は、理を守る事を選ぶ。

 しかし、一つの意思は虚無を欲した。


 虚無とは、即ち新たな領域也。


 その狭間より力を振るうが、終焉を迎える。

 二つの意思が理を支え、虚無を封じた。


 全てはオラクルに収められ、封印は成された。

 グリモアは理を修復し、虚無を封じる。

 しかして神の秤により、罪科はその扉を開く。

 グリモアとは神の秤であり、扉を開く鍵でもある。

 それを人は魔導の書物と呼ぶ。

 我らはオラクル、定めを示す。


 過ちは残り、苦しみは引き継がれた。


 汝に問う。

 オラクル神の定めを予言書と人は呼ぶ。

 その予言書が産んだグリモア神の秤を魔導の書とも呼ぶ。

 では、その魔導とはなんぞや?)


 死霊術の元、この世界以外の力?


(否、この世にあるものは、すべて理の中にある。

 すべてはこの世を統べる神のものである。

 理とはなんであるか?)


 理とは、自然だ。

 あるがままの世界だ。


(汝が考える理とは、人の手が加わらぬ自然の事である。

 グリモア神の秤とは理を修復し、虚無を封じる。

 汝が考えるあるがままの姿に戻す事、即ち、再現する物である。

 理すなわち神の意思オラクルを再現する物となる)


 死者との橋渡しをする物ではないのか?


(再現に必要な過程であり、魂の転写、構築は即ち、理の調律の術である)


 調律する力、あるべき姿にする力。


(魔導とは調律の術の一つであり、グリモアとは理を修復する。

 つまり理が望まぬ物を拒む力である。

 その力を得る者は呪術師也。)


 魔導と呪術の違いは何だ?


(源泉の違いである)


 力の拠り所の違いか?


(是。

 理の内か外か。

 理の外から力を得る者を魔導士とす。

 魔導士は理の中にあり、その定めは滅びである。

 それを越えようとする者は、我らが制裁を受けるだろう。

 故に、主らは理から力を得る者である。)


 同じではないのか?


(汝は慈悲が定めの人である。

 滅びの定めとは、魂の輪に入る事は無い)


 理解が及ばず、私は眉を寄せた。

 今、何故、このような問いをされる?

 話の中身は、意味があるようで無い。

 なぜ、今、語りかけるのだ?

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