第388話 群れとなる (下)⑤

 悩んでも無駄な事ばかりだ。

 わかっていながら、少し泣きそうになる自分が嫌だった。

 迷惑をかけているのに、何もできない事。

 コンスタンツェ殿下から、こうして距離をとる事で彼の呪縛が薄れればと思う。

 けれど、けれど彼は、もう変わってしまった。

 救いはあるのだろうか?

 殿下は生きている。

 彼は腐ってもいなければ、飢えてもいない。

 まだ、大丈夫?

 私と距離をおけば、大丈夫?

 嘘だ。

 分かっているだろう?

 自分を誤魔化しては駄目だ。

 死んで、詫びる事はできない。

 約束もある。

 藻掻き苦しもうとも生きようとしなければならない。

 約束の終わりまで。

 けれど、時々思う。

 本当は、死んだ方がいいのではないか?

 私が死ねば呪いは終わり、皆、元に戻れるのではないか?

 これも言い訳、自分だけが楽になる方法だ。

 何ともなさけない。

 くだらない懊悩を察してか、旅の間、巫女様と神殿騎士のお二方はずっと会話を投げかけてくる。

 色々な話を聞かせ、風景に目を向けるようにと促しもする。

 鬱々と己だけに意識を向けてはならない。

 結局、憐憫は身勝手だ。

 考えて答えの出ぬ事に悩むほど、私は贅沢をする身ではない。


「アッシュガルトには中央軍の拠点がある。

 とても大規模な物で、港街の北側、丘陵地帯全てが拠点になっている。

 昔は小砦の規模であったか、覚えているかね?

 クリスタベル殿は、元々はこちらの出身だ。

 子供の頃に母親と一緒に王都に越して来たのだよな?」

「一昔前ですわね、もう、こちらの記憶も薄れていますわ」

「それもそうだな。

 アッシュガルトは、大きな港街でな。

 住人の殆どが漁業や港湾業に携わっている。

 船と物資の移動で糊口を凌ぎ、居住人口よりも流動人口の方が多い。

 つまり、地元民は少ないという事だな。

 港も半分は軍が利用している。

 拠点に循環する兵士相手の商売も盛んだ。

 が、アッシュガルトの軍拠点は城塞だ。

 向かうのは軍の拠点内にある神殿教会だ。

 城塞というのはわかるかな?」

「戦城に居住地が併設されているのでしょうか?」

「居住地に戦城というのが本来だろうか。

 街などを守るために囲いをし、兵士を置く拠点を築いた城だな。

 砦は陣地に築き軍隊を置く城、まぁ守りか攻めかの違いだろうか。

 城塞は小都市を城壁で囲み内部に砦を抱えている。

 アッシュガルト港ミルドレッド城塞は、内部に小さな町を備え、城塞内で生活が完結している。

 だから、実際、港を利用しているのは貿易などの商業船の乗組員や東マレイラへの旅人だ。

 そして東マレイラ三公爵の領主兵が、港の治安維持を行っている。

 つまり、アッシュガルトは三公爵の共同統治地域であり、その側に中央の飛び地であるミルドレッド城塞がある。」

「すこし不思議でしょ?

 三人の公爵が共同で権利を持つ港街。

 その側には中央の直轄地とした城塞がある。

 どうしてだと思う?」


 ゆっくりとした馬車の揺れに身を任せながら、私は答えを探した。


「中央軍が常時兵力を置かねばならない不安定な地域なのですか?」

「誰が独占しても揉める原因になる事がひとつ。

 ここが人族至上主義の勢力圏内だからこそ、南部中央兵力を置かねばならないことがひとつ。

 中央へ資源を輸出する場合の東回りの重要な港だという事がひとつある。」

「政情が複雑で利益が見込める資源が豊富な土地なのよ。」


 つまり揉め事が多い土地柄なのは間違いない。

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