第231話 水没 ②

 呪術の痕跡。

 青白い光りは、シュランゲの婆様の技だ。

 仕掛けそのものは、単純だ。

 力を溜めて開放する。


(トゥーラアモンの頭上に、フリュデンと同じ、否、あれとは違う完璧な輪を作る。

 フリュデンよりも強力だ。

 本来の呪術方陣だ。

 出来損ないが干渉した歪な落書きではない。

 浴びた者は、その場で生き腐れる代物だ。)


「どういう事だ?」


 私の問いに、ワタシが答える。

 ボルネフェルトではない。

 これは私、私の中に形を作り始めた、ワタシ。


(何、簡単な事だ。

 ここにいる人間を燃料に、怨嗟を上乗せするんだ。

 そして神の言葉をのせる。

 そうしなければ、アレには届かない。

 アレは、盗人を許さない。

 約定を違えた者を許さない。

 昔から、アレを倒すには人間では無理だ。

 収めるには、トゥーラアモンの住人すべてでやっと生贄に足りるだろう。

 さて、どうする?

 可哀想な私。

 かわいそうだね、ワタシがかわりに決めてやろうか?)


 私は、吐いた。

 水を飲んだようだ。

 赤い水は、既に首のあたりまで来ていた。


「水に浮くようにしろ」


 兵士達は金物を捨てた。

 水嵩は増え、浮かびながら渦巻く水に顔を出す。


「出口は、天井の穴ですかねぇ」


 このまま水が増えて溢れるに任せればよい。

 と、そんな都合の良い話はない。

 私の中で、ゲラゲラと腹を抱えて笑う者は知っている。

 あの穴に人間ともども水が押し上がったらどうなるのか。

 穴には、見えない刃と城塞の魔法陣が控えている。

 人肉を粉砕し毒を混ぜた水と一緒に、トーラアモンに運ぶ。

 呪術の火種として、怨嗟を運ぶのだ。


「吸い上げられたら死ぬ。その取水口を遡る」

「無理ですよ、水の勢いが違う。私が吐き出されたんですからね」


 するとその話を聞いていたかのように、水に浸かる兵士が数人、水ごと天井に巻き上げられた。

 まるで竜巻に攫われたようにだ。

 絶叫と断末魔。

 ボタボタと彼らの装備の破片が落ちてくる。

 衣服の切れ端、骨の欠片。

 元々、赤黒い水に見えている私には、落ちてくる血の色はわからない。


「壁に貼り付け!」


 ライナルトが怒鳴る。

 慌てて壁の煉瓦に指をかける。

 だが、一人二人と穴に吸い込まれていく。

 皆、それぞれに近くの者に手を腕を絡めて掴み支えた。

 それでもいずれ、巻き上げられるまでもなく穴に押し上げられてしまうだろう。

 サーレルは短剣を壁に突き立てては、どうにかしようと足掻いている。

 きっと種族としての力を出せば、彼一人だけ抜け出す事は可能なのではないだろうか。

 でも、他の人族や亜人では、無理だ。

 兵士達も、どこか逃げ場はないかと、水に潜り、壁を探る。

 ライナルトはエリを抱えて、水をかいていた。

 ライナルトが、彼女に何か言う。

 きっと、助けるよっていっているんだ。

 エリは、そんな彼の頬を撫でた。

 きっと、いいよって思ってる。

 助からなくたっていいよって。


(どうする、私、口だけの偽善者だね。

 嘘つきじゃないけど、私は何もしないのかい?

 君は、見ているだけかい?

 偉そうに、人を詰るだけかい?

 それとも君は、自分を譲り渡せる覚悟があるかい?)

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