第573話 人の業 ④
焚き火の向こう側、入口近くで男達が言い募る。
聞き取るミアは、薄笑いだ。
何とも不愉快と思っているようだ。
同情してくれ、憐れんでくれと訴えられても、子供ではない。
どうしてもシラケてしまうのだろう。
確かに、先程の飢えた子供を見た後だ。
窶れて薄汚れているとは言え、飢えた様子もない、手足も十分に動きそうな男達の泣き言は、耳障りが悪かった。
それにもまして、私達の扱き下ろしも聞こえないのか、聞こえていても聞かぬふりなのか、にじり寄るように声が段々と大きくなっていた。
彼らの話、言い分。
口入屋を経由せず持ちかけられた仕事。
それだけでも、普通なら躊躇するだろう。
だが、それも相手の様子を伺う内に、これはまさしく儲けの機会ではないかと彼らは思ってしまった。
貴族の別邸。
場所は遠く、それもコルテス本家縁のオンタリオ。
遠くて鄙びており、人が集まらない。
貴人が隠しておきたい相手の為の館の修繕。
特に、厳しい仕事ではない。
職人衆が到着するまでの間、館の掃除に草刈りをするぐらいだ。
人が暮らせるようにする仕事。
炭鉱の仕事を考えれば実に楽であるし、海に出るほど命の危険もない。
手当は相場よりも高い。
守らねばならぬのは、口を噤むこと。
それに外洋船の船員よりも待遇が良い。
仲介料をとらぬ代わりに、前金無しの仕事あがりで賃金を払うという。
それに生活全般のかかりは、雇い主が持つという。
男達は一も二もなく頷いた。
考え無しだと言うのは簡単だ。
けれど、彼らは希望が欲しかったのだろう。
「希望か、まぁ俺だって意地悪言ってんじゃねぇよ。ただなぁ、同じ話をさっきの村のガキに言ったとして、雇われようとすると思うか?」
「家族が病気だったら考えるかもしれません」
「前金のねぇ仕事は受けねぇよ。死人に口なしってのもあるんだぜ?
病気の家族がいるなら尚更だ。
金の亡者みてぇな禿鷲でも、金払いだけは惜しまねぇ。
それが見えねぇ信頼とやらの代わりだ。」
「でも、信じたのは仕方がないでしょう?」
「まぁなぁ、言い分が本当ならな」
仕事を持ちかけてきた相手。
その相手の服と馬車には、コルテス家の紋章があったのだ。
公爵の、王家縁戚のコルテス公爵の紋だ。
不死鳥の紋章。
だから、信じた。
「そもそも公爵が場末の口入れ屋から追い出された輩を雇いに来ると思うか?
まして汚れ仕事をさせるにも、公爵の差し金とわかる格好でくるとかよ。
口止めを約束させるのに、なんで正体あかして出てくるんだよ。
此奴らの話が戯言なのか、大間抜けなのか。
それとも相手も馬鹿なのか?」
同じ考えなのか、ミアが男達に問いかける。
「話を持ちかけてきた男は、どんな風体だった?」
「普通、普通だった」
「年は?」
「若くはないが、年寄でもない」
「髪の色や目の色は?
人族だったのかい?」
それに男達は言いかけて、口を閉じた。
「何だい、何か隠すつもりかい?」
「ちっ、違う。
わからねぇ、んだ、何か、思い出せぇんだよ」
「嘘つくんじゃないよ、アタシを馬鹿にしてるのかい?」
「滅相もねぇ、髪は、茶色だ」
「違う、黒い、焦げ茶?」
「顔は覚えて、覚えてる、人族だった、だったよな?」
彼らの答えは曖昧で、それぞれに食い違っていた。
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