第574話 人の業 ⑤

 記憶から、ぽっかりと穴が開いたように、仕事を持ちかけた男の姿が抜けている。

 髪の色、目の色、人相、年の頃。

 詳細に思い出せない事もある。

 しかし、皆が皆、誰一人として重なる証言がない。

 何れも記憶は滲み、仕事を持ってきた男、としか覚えていなかった。

 そもそも、そのような曖昧さを誰一人としてオカシイと思わない事。

 その事が異常だ。


 話半分に聞いていたミア達も、ここにきて居住まいを正した。

 嘘、ならば良い。

 良い訳では無いが、嘘だと受け取る側がわかっていれば済む話だ。

 そこに謀ろうとする魂胆があるのなら、それでもよい。

 だが、正気と狂気の判断は難しい。

 そしてこの男達に、それほどのペテンをかける意味がわからない。

 それに騙る話にしても、現実味がだんだんと薄れている。

 これでは信じてほしいと思っているかもあやしい。


「普通だ、普通の街の男だった。

 そいつに言われて、俺達は街外れの寺院に集まった。

 もう長い間、誰も住んでいない廃寺だ。」


 東マレイラの寺院といえば、神聖教の枝葉を名乗るだけの土着宗教である。

 分派ではなく、宗教統一時に便宜上神聖教に下ったものだ。

 もともと老いた老僧侶がひとりいたとか、その者が亡くなった後には手入れされる事もなかったようだ。

 ちなみにコルテス公爵家は改宗済みであるが、領内に神殿勢力の布教は許していない為、渡り神官も入る事はない。

 宗教統一は中央王国としての指針の一つであるが、領主貴族の自治権も認めているため、ある程度の暗黙の了解信仰の自由を残している。

 その為、領内での信仰に関して、公爵家が強要をすることはない。

 国としても公爵家が改宗済みであれば、その他は自治範囲内として不干渉なのである。


 廃寺には、彼らと同じような考えの男達が集まっていた。

 彼らを含めると五十人はいた。

 ちょっとした集団だ。

 数が集まると数台の幌馬車が来て、あっという間に男達を詰め込むと出発となった。

 食事も何もかも手配してくれるので、本当に身一つでの出立だ。

 不安もあったが、人数が人数だ。

 寄り集まれば、根拠のない安心感がうまれた。


「幌馬車は、公爵のところのなのかい?」

「馬車は、領内の馬車屋の物だった。

 御者もそこの貸馬車屋の奴らで、行き先がオンタリオだとしか知らなかった。」

「同行者、雇い主はどうした?」

「案内人がいた。奴らは馬だった。俺達には近づかずに、先導していた」

「どんな奴らだ?」

「普通だ、普通の奴らだ。」

「格好だよ、どんな姿だった?

 幌馬車で山道だ。

 直ぐにはここまで来れなかったろう?

 食事だってしたろうし、休憩だってしたろう。

 顔ぐらい見る筈だ。」

「わからねぇよ、俺たちは仲間で固まってたし、奴らも休憩の時間も野宿の時間も離れていた。」

「じゃぁ雇い主とは何処で会った?

 出立前には会わなかった。

 なら、到着したら会ったのかい?

 それとも途中で合流したのかい?」


 それに男達は顔を見合わせた。


「まさか、最後まで雇い主とは会わなかったのかい?

 なら、代理の配下の者はいたはずだ。

 その下の者だったしても、誰かとは会ったはずだろう?」

「あぁ、うん」

「野宿を繰り返して、山越えもした。

 食い物も普通だったし、辛い事もなかった。

 御者だって街の奴だし、俺達は大勢いた。

 先導する奴だって、俺達が勝手をしないように見張ってると思っていた。」

「で、雇い主か、その配下の誰かとは会ったのかい、会わなかったのかい?」

「会った、うん、会った。後一日でオンタリオにつくって日に会った」

「待ち構えていたのかい?」

「野宿する場所に来たんだ。」


 雇い主、と、覚しき男と家来、護衛の兵士。


「どんな奴らだった、公爵の者だったのかい?」

「わからない」

「冗談だろ?」

「普通だ、普通だった」


 普通?

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