第575話 人の業 ⑥

「なぁちょっと聞きたいんだが、普通って何だ?」

「ふっ普通は、普通だ」

「ガキの遊びじゃないんだ。戯言を並べるようなら、頭の霞を取っ払えるように、躾けてやってもいいんだよ?

 叩いて叩いて、叩きまくれば、真っ当な言葉が口から出てくるかもしれないからね」


 唇を引き上げた女兵士に、男達がひぃひぃと息を漏らす。

 そして慌てたように続けて言った。


「家令ってわかる衣服だった。

 だが、顔は頭巾で見えなかったんだ。

 護衛の奴らも顔は見えない。

 武装していた。

 あんたらより、金属の装備が目立っていた。」

「コルテスの鎧を着ていたかい?」

「わからねぇ、普通だ」

「この次、普通って言った奴は、正気に戻るように張っ倒すよ、わかったかい!」

「あぁあぁ」

「そっそうだよ、そいつらの主人っぽい奴は、若い男だった」

「どうしてわかった?」

「そいつの口元だけは見えていたんだ。口元を見る限り、人族の若い男だった。

 声、そうだよ、声もだ。」

「話したのかい?」

「俺達を診るのに、話しかけたんだ」

「診る?」

「医者だって言ってたんだ。

 俺達が健康かどうか診るってよ。

 最初に挨拶して、それから一人ひとり診察したんだ。

 これからの仕事に耐えられるか診るってよ。

 俺達は酒代も事欠いてたから、酒毒の奴もいなかったし」

「仕事や身元がわかる、何か話はなかったのかい?」

「挨拶した後、俺達を診てまわって、それで終いだ。だよな?」

「あぁ俺達を集めて、こう、挨拶を」



 あなた方が払うであろう、血と労力に感謝いたします。



「診察を受けたんなら、もっと詳しく相手の様子がわかったはずだ」

「わからねぇ、ふ」

「嘘、だよな?」

「本当だ、わからねぇんだ。なぁ皆、いや、誰か覚えてねぇか?

 俺、俺は、わからねぇんだ、わからねぇ」

「俺も、顔は覚えてねぇんだよ。冷てぇ指が目の下を押さえて、覗き込まれた。

 けど、真っ暗だった。

 頭巾の下は、真っ暗だった。」

「名前か何か、名乗らなかったのかい?」

「脈をとられただけだ。話しかけられるような雰囲気じゃなかった。

 護衛の兵士が怖かった。

 ひとりひとり囲まれて診られた。」

「俺も、そうだ。」


 と、男のひとりが、あたりを見回しながらミアに近寄った。

 焚き火を囲む兵士達を見ているようで、見ていない。

 相変わらず、風の音にでも耳を済ませているかのように、妙な態度だった。


「どうしたんだい?」

「皆には、言わなかったけど。

 多分、名前を聞いた。」


 その男は幌馬車の中でも端、隙間のある外板の部分に座っていた。

 外板には水樽が括り付けられており、隙間に挟まるように座ると具合が良い。

 一人になれるし、外で野宿している道案内達の目にも止まらない。

 馬車の中では仲間たちが寝静まり、道案内達と医者とその集団の話し声が聞こえた。

 どうやら、夜の内に彼らは引き上げるようだった。


「家令がそろそろ出立をすると主人に声をかけたんだ」

「名を呼んだのか?」


 そろそろ出立のお時間です。


「道案内の奴らの誰かが、去ろうとする主に聞いたんだ」


 キリアン様、後、どれくらい必要でしょうか?


「キリアン、それで男は何と答えた?」


 ミアの問いに、男はボソボソと答えた。


「全部は聞こえなかった。

 ただ、女が足りない。

 男は、これで十分だって」


 ハッとミアが嫌そうに息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る